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フルカネルリだ。恒例となった豆まき大会だが、今回はクトが恐ろしい物を持ち出してきた。
それは何かと言えば、銃。それも単発式ではなく、連発式の散弾(豆)を撃ち出すタイプの。
「……ま、待ってくれクト。何でそいつがあるんだ? なんでお前はそいつの銃口を俺に向けてんだ?」
「女の子の純情を踏みにじった罰だよ? 具体的にはアブホ」
「クトちゃん。私が直接やらないと駄目なの。だから………ここは私に譲ってくれない?」
アブホースの優しいお願い(絶対零度の気配付き)に、クトはくすくすくすと優しくワラって答えた。
「はい、アブホースさん。秒間三億発の×15だけ撃てますから、手加減なしでやっちゃってください!」
「わかっているわよ。誰がこれを作ったと思ってるの」
「……そうでした」
この間、終始笑顔。しかしかなり雰囲気が怖い。
………そういえば、未来のことを考える以外で何かを怖いと思ったのは久し振りだな。
そうだ、この感じ。この感触だ。恐怖とはこうだった。あまりにも久し振りすぎて忘れていたな。
《いやいやそれは人間として忘れちゃ駄目でショー?》
私も人間だからな。忘れることくらいあってもおかしくはないだろう?
『……ふふふ……♪ そうよねぇ…………おかしくなんて、ないわよねぇ………♪』
《……そうだけどサー……なんか納得いかないんだよナー……》
気にしても無駄だ。諦めておけ。
「それじゃあ、さっさと死になさい。大丈夫よ、クトゥグアなら死んでも元通りだから」
そう言いながらアブホースは構えた銃の引金を引く。
「いや、待て、確かに平気だけど痛いものは痛いぎゃーー!!」
……ああ、あれは痛いな。全身があっという間に豆に埋め尽くされてしまった。
……いや、正確には豆を埋め込まれたと言う方が正しいのか?
《なんにしろ痛そうだよネー》
『……痛いでしょうねぇ………』
まったく。いったい何をしたんだクトゥグアは。
「お兄ちゃんが何したか? アブホースさんに冗談でほっぺにキスしたんだよ。アブホースさんが『お持ち帰りOK!』っていう空気を出してるのに」
………よくわからないが、クトゥグアの奴は馬鹿なんだな。
《いいやつなんだけどネー………バカなんだよナー……》
『……お馬鹿さんねぇ……』
そうだよな。
……まったく。好きなら好きとさっさと言えばいいものを。婚前交渉をしたくないなら理由を含めてしっかりと話し合えば良いだろうに。
……ただ、その場合は人生……神生の墓場一直線だろうが………まあ、惚れた相手と一緒なら平気だろう。
《……よく忘れるんだけどサー………フルカネルリって、結構ロマンチストだよネー? 現実をしっかり見つめてるのにサー》
何を言っているんだか。
現実がこうであるからこそ、ロマンチストは遥か遠いロマンを追い求めるのだよ。
《………へー。なんだか乙女チックだネー》
五月蝿い、五円玉を眼球から脳までぶちこまれて死ね。
《久々に聞いたけどやっぱり手厳しイー!?》
『……瑠璃だものぉ……当然でしょぅ………?』
そうだ。私だから仕方が
ダダダダダダダダダダ…………!!
「あはははははは!削り潰れなさいっ!」
「妙にグロいこと言ってんじゃねえよっておぅばっ!?」
…………。
《……削り潰れろっテー………》
『……怖いわねぇ………あはははっ……♪』
……やれやれ。
今年の豆まき大会は、もっとも多くの豆を鬼にぶつけたアブホースが優勝となった。ところでこの優勝とはいったい何で決まるのだ?
「すべての鬼にぶつけられた豆の数ののうち、合計数が一番多かった人が優勝だよ? 今回はダントツでアブホースさんだけど」
まあ、あれは仕方がないな。さすがにあれに追い付けるほどの速度で豆をぶつけるのは気が引ける。
《……できない訳じゃないんだネー?》
ああ、できる。やるつもりはないがな。
「えーっと、優勝者のアブホースさんにはお兄ちゃん……じゃなかった、クトゥグア副校長との休暇が与えられます。ハスターさんやクトゥルフさんからも、見ていて鬱陶しいからさっさとくっつけ馬鹿共という暖かい言葉が贈られています」
「ちょっ!? 聞いてないわよ!?」
「言ってませんし。今言いましたし。それと……頑張ってくださいね? 私はその日は家に帰れませんから」
おお、どんどんと外堀が埋められていく。ヨグソトス印の妙薬(文字通りの妙な薬)などどこで手に入れたのやら。
《あ、ボクがあげたヨー。クトゥグアの鎖も切れたシー、そろそろくっついてくれると嬉しかったからアブホースがクトゥグアの所に言ったら盛れってネー》
何をやっているんだお前は。友神に薬を盛ろうとするな。
息子に薬を実際に盛った私が言う台詞ではないが。
《そう言えばそうだよネー》
豆まきと言う名を借りた粛清の形をとったラブロマンスのふりをした外道物語。
「ちなみに休みをとらせた次の日、アブホースさんは足元がおぼつかず、お兄ちゃんを見ると顔を真っ赤にして逃げていました。ついでにお兄ちゃんの部屋から出されたシーツには血の跡が。………お洗濯が大変です」