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フルカネルリだ。十一月の二十八日、初雪が降った。
「あははははっ!えいっ!」
「ぷはっ!? あははは、やったなぁ校長せんせー!お返しだー!」
「わっ!? 固めてないのに投げるのはずるいよ!避けられないじゃない!」
「それそれー!」
「もう!えいっ!」
…………クトは実に楽しそうだな。あまりはしゃぎすぎて風邪を引かないか心配だ。
《一応言っておくけどネー? クトちゃんだって上位の神様なんだヨー? だいじょぶだってバー》
最近、貧血を起こして倒れていたような気がしたが?
《…………おーいクトゥグアー、クトちゃんがはしゃぎすぎて倒れちゃったヨー?》
「なにぃ!? クト!大丈夫かクト!? 衛生兵ー!!」
「学校に居るわけないでしょうがこの馬鹿!そんなことをしてる暇があるんなら、さっさとクトゥルフの所につれていきなさい!」
「ぶべらっぱ!」
……仲の良いことだ。
ぼんやりと窓から空を見上げる。銀色の小さな月が私を見下ろして輝いている。
私の作った世界の月はあれよりずっと小さいが、その分近くを回っているため数段大きく見える。
魔力の流動によって赤くなったり青くなったりところころと色を変えるが、その周期はおよそ四季と一致している。
流石に太陽の色は変わらないが、太陽も太陽でたまに恥ずかしがって顔中に黒点をだして真っ黒になってしまうことがある。困ったものだ。
《普通は困ったで済ませるようなことじゃないんだけどネー》
私にとってはそうの程度のことだ。ナイアにとっても似たようなものだろう?
《……まあ、そうだネー》
『……わたしにとってもぉ………似たようなものねぇ………』
そうだろう?
また空を見上げる。ハスターと契約してからと言うもの、風を読み、そして風そのものを見ることができるようになった。
もちろん見ないようにすることもできるので今は見えなくしているが、風を見えるようにするとわかるあの流れは美しい。それで一枚絵を描いたこともある。
ただ、私の絵の中には誰もいないことが多い。風景ばかり描いていて、たまにナイアやアザギ、ハヴィラックにプロトが入る程度。
それが多少寂しく思えるときもあるが、数秒でその事は気にならなくなる。
……ぞわりと言う感覚と共に、風の流れが変わることがわかった。
空に所々被さっていた雲が払われ、黒一色にぽつぽつと銀や金などの光の粒が見えるようになってきた。
あまりにも不自然な風の動きだったので原因を探してみると、学校の屋上にハスターが立っているのが見えた。
《ほら、そんなところではなくこちらにきたまえよ。お茶を用意してあるからね》
《筋弛緩剤入りかい?》
《いやいや、私が同じものを同じ相手に使うものか。今回は少し強化してあるよ。これなら呪いを抜いて少しは効くんじゃないかな?》
…………ふむ……今の私に効果のある薬か。興味深いな。死にはしないだろうし、飲んでみるか。
《フルカネルリの考えることがわかんないヨー!》
気にするな。それでこそ私だろう?
…………ふむ。動かんな。ピクリとも動かん。これが筋弛緩剤を受けた時の状態か。
目も開かないし口も閉じられずに僅かに涎が垂れてしまっている。まったくはしたない。
呼吸はできるし心臓も動いているから死ぬことはないだろうが……さて、薬の効果はいつごろ切れるのだろうな?
「……ハスター。どれだけ強化したのサー?」
「安心したまえナイアルラトホテプ。かなりの強化をしたが、けして死なないように、生命活動を続けることに必要なところには効果が無いように調整してある。動けも話せもしないだろうが、ナイアが本気でやればさっさと治せるさ。風の私とは違って、君の本分は土なのだから」
…………ああ、確か陰陽五行では人体は土行だったな。ナイアならこの程度は朝飯前だろう。夜だが。
……ん? 少しだけだが動けるようになってきたな。私の体の免疫力のせいか?
今まで一度も病気にかかったり毒が効いたためしがなかったからわからなかったが、どうやらわからなかっただけでずいぶんと強くなっていたらしい。
ぐっ、と体を起こして見ると、ナイアとハスターがかなり本気で驚いているらしい目を向けてきた。
「……並みの人間なら二週間は自力では動けない程度に効いているはずの薬を、こうも容易く無効化するか……」
「……ボクが言うのもあれなんだけどサー………フルカネルリってほんとに人間であってるノー?」
『……人間じゃないナイアが、言う台詞とは思えないわねぇ………』
そう呟く三人(全員人外)をスルーしながら手を握り締めたり緩めたり、いつも朝やっている演武をやってみたりと体の調子を確かめる。
そこで驚いたことが、一度完全に力の入っていない脱力状態になったせいか……妙に体の切れがいい。
具体的に言うと、今までは強弱のダイヤルだけしかなかった力の入れ方に、オンオフのスイッチが新しく追加されたような感じだ。
メリハリがきちんとつけられ、さらにダイヤルを強にしたままスイッチを切って脱力し、一気に力を込めることができるようになった。
…………ふむ……ふむ。これならそれなりに鍛えた大人程度の身体能力しか無くとも、やり方によってはかなりの速度を出せるようになるかもな。
……さて、それじゃあそろそろいつも起きている時間だし、私は家に戻るとしようか。
さらに武の坂道を駈け上ったフルカネルリ。