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フルカネルリだ。いつもならば体育祭なのだが、今年は雨でやらないことになった。クトゥグアが発狂しそうなほど怒り狂っていたが、アブホースに殴られ蹴り転がされ水を被らされて静かになった。ずいぶんと手慣れているな。
「それはそうよ。だって昔からこいつのストッパーは私だったんだから」
なるほどな。
ところでナイア。お前はクトゥグアに言っておくことがあるんじゃなかったか?
『…………そうだね。今のうちに言っておくよ。……ボクのためにも、クトゥグアのためにもアブホースのためにもね』
…………随分と本気なようだな。応援はしよう。
『……ありがと、フルカネルリ』
なに、気にするな。
クトゥグアが居る保健室に行く。クトゥグアだけじゃなくてクトゥルフも居たけれど、ちょっと買収して人払いをしてもらった。
からからと軽い音をたてて扉は閉まり、外に音が漏れないように簡単に結界を張る。
クトゥグアに襲われたら大変だけど、きっと大丈夫だと思う。クトゥグアだからね。
「…………」
言いたいことは山ほどあるけれど、何も言わずにクトゥグアの寝ているベッドの隣にある椅子に座る。
……いつ起きるかナー? ボクの事を覚えてるかナー?
……あレー? なんでボクは覚えていて欲しいみたいな事を考えてるんだロー?
……ああ、今のボクは女の子の体だからかな? 声も顔も髪もあの時のまま、クトゥグアに告白されてどこか嬉しかったあの時のままだからネー。
とはいえ、時間は過ぎてるから落ち着いてはいるんだけどサー。
「……っくぁ……あ、のやろ……」
やっと起きたみたいだね。
そう思うと同時、ボク……私とクトゥグアの視線が、正面からぶつかり合った。
「……ぁ…………ひ、久し……振り……」
「……覚えていてくれたんですか」
うん、なんだかすごく嬉しいけドー………なんだかすごくヤバい気がするヨー。気のせいだといいナー。
「……覚えてる?」
「……もちろん覚えている。忘れられるわけ無い」
クトゥグアはボクに熱い眼差しを向けたまま答える。知ってはいるけどね。何度も何度も聞いてきたわけだし。
「…………それで、どうですか? クトゥグアさんは、まだ私のことが?」
「……ああ。惚れてる」
真っ直ぐにボクを見つめる眼差しが、熱い。まるで本当に熱を持っているかのように。
「…………だが……他にも惚れた女ができたんだ」
…………知ってるヨー。
ボクの心の中の呟きを知らないで、クトゥグアは言葉を続ける。
黙っていれば良いのに、そういうことまで真っ正直に言っちゃうんだよネー、この馬鹿は。
「そいつ、いつもいつもうるせえ奴なんだ」
「はい」
「俺が何かする度にギャーギャー騒いで、そんで当たり前みたいに俺の事をぶん殴ってくるんだぜ?」
「はい」
クトゥグアはアブホースについてぐちぐちと愚痴り続ける。しかしその口調に悪意などは全く入っていないし、それどころかほんのりとだが愛情まで感じとることができる。
「俺より神格は低いのに、妙に強い、綺麗な目をしてるんだ」
「はい」
……ついにはのろけが入ってくるようになった。まあ、別にいいけどネー。録音してるシー。結婚式で流してあげるヨー。
「…………何て言っても、嘘をついたことには変わりねえ……」
クトゥグアはベッドから降りて、床に正座した。
「すまん!俺からあんなことを言っておいて調子のいいことだとはわかっているが、俺は、あんたを妻にはできねえ!」
そして、床に叩きつけるように頭を下げた。今なら靴を舐めろって言ったらほんとに舐めるんじゃないかナー? ……やらないけどネー。
「……いいですよ。許します。クトゥグアさんに新しく好きな方ができたのも、二股をかけるようなことをしていたのも、みんな許してあげます」
クトゥグアがすっごい悩んでたのは知ってるからネー。責める気にはなれないのサー。
…………今は女心が痛いけドー、戻ればいつも通りになるサー。
ゆらり、と揺れるようにして姿を消そうとする。それに気付いたクトゥグアは、ボクの目を見上げてきた。
「……あんた、名前は……?」
……そう言えば、教えるって約束してたよネー。仕方ないナー。
「……私の名前は、ナイアルラトホテプですよ? ほんとに気づいてなかったんですね」
「………………へ?」
ぽかーんとしたクトゥグアの顔を見ていると、笑いが込み上げてくる。
「それじゃあ、クトゥグア。またすぐ会おうネー」
最後にこのくらいの意趣返しは許されると思うんだよネー?
「てめえナイアこの外道!なんつー真似してくれやがんだ!!」
「やかましいヨー。第一あれをボクって見抜けないで初対面で告白してきたのはクトゥグアじゃないカー。保健室のあれだけじゃなくって全部ボクだヨー。クトゥグアの初恋の相手の話を聞かされてぶん殴られた意味はわかってくれたかナー?」
なんだかすっごい逆ギレされた。ボクは全然悪くないのに、クトゥグアがすごい剣幕で詰め寄ってくる。
と言うか、口の軽いことで有名なクトゥルフを遠ざけたことを感謝してほしいネー。結婚式で全部バラす予定だけドー。
ついにネタばらししたナイア。クトゥグア初恋編