異世界編 2-87
タルウィさんとザリチェさんはいい人たちでした。
人当たりも良く、面倒見もよく、綺麗なあの人達はきっとここの宿屋の常連さん達には人気があるのでしょう。
ご飯も美味しいですし、私とディオさんも泊まってみてファンになりました。
……けれど。
「で、ナギちゃんはいったいなんでそんなに若々しいんだい?」
「ザリチェ。お客様ですよ」
「いいじゃないか。タルウィだって興味はあるんだろう?」
これはちょっと困りました。逃げ場がありません。
「ディオさーん!」
ディオさんに助けを求めますが、ディオさんはなんだか私をかわいそうなものを見る目で見詰めてきます。
もっと具体的に言い現しますと、フルリさんにからかわれているときの私を見る目にそっくりです。
……つまり、これはディオさんにはどうにもできないことなんですね。
しばらくしてから結論が『人種の違い』で落ち着いてから、私はようやくディオさんの隣の席に座り込みます。
「災難だったな、ナギ殿」
「ほんとです」
コップに注がれた水を一部凍らせて氷水にしてから飲む。すると私の体のなかを冷たい冷たい水が滑り落ちて行って、慌てすぎて熱くなった体を芯から冷やしてくれる。
「ナギ殿。冷たすぎる水は体に悪いぞ」
「知ってます。でも飲まなきゃやってられません」
まるで社会に不満があるお父さんみたいな言葉ですが、一応これは今の私の本心です。
……少しは改善されましたが、やっぱり見知らぬ人と話をするのは苦手です。
「……さて。そろそろ出発するか」
ディオさんがそう言って立ち上がります。するとタルウィさんはにっこりと笑って、
「またのお越しをお待ちしております」
そう言って頭を下げた。
「……ってタルウィも言ってることだし、いつでも来なよ」
ザリチェさんもどうやら歓迎してくれるみたいです。
カウンターの向こうでひらひらと手を振るその姿からは想像もできませんが、ザリチェさんもきっと苦労してきたんだと思います。
フルリさんにこの大陸の人達がどうやってこの場所に来たのかを聞いた時、フルリさんの話してくれた言葉が思い出されます。
「この大陸の住民達は、結界の外で存在を必要とされず、忘れ去られたもの達やあまりにも不幸すぎて消えたいと心の底から祈った者達、そしてその子供からできている」
……つまり、そう言うこと。ここで幸せそうに暮らしている人達は、殆ど外で何かしらの理不尽を体験してきている。
けれど、それでも今は幸せそうだし、いいのかな。
「ナギ様」
タルウィさんに呼び止められて振り向くと、もう一度タルウィさんは深く頭を下げた。
「どうか、ディオさんとお幸せに」
私はタルウィさんのそのお願いに、笑顔で答えた。
この大陸にやって来て、ザリチェと再会して、もう一度二人のお店を開いた。
ザリチェはまた適当にお店を開いていて、お客様にも普段通りの軽口で接待する。
そんなザリチェの所には、気の良い人が集まっていた。私はそれについては何も言わなかったけれど、初めてのお客様にまでそういう態度を取るのはいただけない。
特に、初対面の人にからかわれていい気分になる人は少ないのだから、あまりにも度が過ぎるときには少し注意をした。
…………このやり取りも、なんだか懐かしい。昔は私とザリチェで一つの店をやっていて、こういったやり取りをいつもいつもしていた。
けれど、私達は一度別れて、そしてもう一度ここで出会うまでに五年近くの時間をかけていた。
……これなら、懐かしいのも当然かな。
……そして、ザリチェと一緒に新しい店を開いてからしばらくして、懐かしい人の顔を見ることになった。
……その隣には、可愛らしい奥さんがいたけれど。
「……タルウィ」
「なにかしら、ザリチェ」
いつもの寝る時間より少し遅く。私はちょっとだけ、ザリチェに頼んでお酒を飲ませてもらった。
「……お前さ………」
「言わないで」
……こう言うと、ちゃんと静かになってくれるのがザリチェのいいところ。それなのに私に付き合ってお酒にも付き合ってくれるし、何も言わないでもそこでずっと居てくれる。
……私も、良い友人を持ちました。
久々登場、タルウィさん。