異世界編 2-78
大陸と大陸の間にある海を渡り、土の精霊王の居る小島までやって来た。
そしてそこにいた人(?)は―――
「やれやれ、年寄りにこの作業は辛いのぉ……む? ウルシフィか!久しいの」
なんだかすっごく普通なお爺ちゃんでした。
……意外です。精霊王って言うのはキワモノの集まりだとばっかり思っていました。
『そんなに大きくは外れてない気がするけど、それは偏見って言うものだよ? 例えばこの世界でナギ殿が初めに会った人間はディオさんだけど、他の人間達はディオさんみたいにナギ殿の事を考えてくれたかな? そういう風におんなじ人間でも……ディオさんが人間かどうかっていう議論は横に置いておくとして、それでも違いはあるんだから、私達精霊王にだって違いがあってもおかしくないと思うんだけどね』
はい、その通りですね。違って当たり前なんですから、精霊王に良識的な方が居たっておかしくはないですよね。
……なんだかすっごく府におちませんけど。
『……さて、お嬢ちゃんは確か、ナギ殿だったの? 儂はこの世界の大地を司る、土の精霊王じゃ。名をアルシフスと言う。短い間か長くなるかはナギ殿次第じゃが、よろしく頼むぞ?』
「あ、はい、よろしくお願いします」
とっても普通な自己紹介を終わらせて、アルシフスさんは優しい笑顔を浮かべた。
……私の名前が本当にナギ殿で固定なのはもう良いとして………普通って、良いですね……。
じーん、と湧き上がってくる感動を抑えていると、自分がいたあの世界はどれだけ普通でどれだけ幸せか、本当によくわかる。
『……で、だ。アルシフス。アルシフス相手にどれだけ言葉を重ねても駄目なのを承知で聞くんだけれど……力を貸してくれないかな?』
『構わんぞ? このお嬢ちゃんは気に入ったしな』
そんなあっさり!?
「……まあ、精霊王は精霊を統べる者にして世界の欠片。なんとなくで行動したとしても、大抵の場合はそれを自分に都合のいい方向に持っていくことができる。更に言ってしまえばアルシフスとやらは大地の断片にして支配者。私達が永遠に飛び続けることができたとしても、いつか捕まるさ」
『そういう言い方をするんだったら私とマルシファーもそうなんだけどね。何て言ったって世界に存在する大気と水の支配者なんだから。誉めてくれてもいいよ? と言うか苛めて?』
「後でな」
ディオさんとウルシフィは変わりませんね……。神経が実は一センチくらいあるんじゃないですか? もちろん太さの直径がですけど。
『かはははは!仲が良いのう!よし、今日は泊まって行け!作りたての野菜を食わせてやろう!』
そしてこの掛け合いを『仲が良い』で済ませてしまうアルシフスさんも、やっぱりちょっとおかしいんですね。
でも、野菜はありがたくいただきます。
フルカネルリだ。ディオとナギはようやく魔王の住む大陸まで歩を進めたな。明日になれば夕食と朝食に出された野菜を仲介して契約が成されるだろう。
そうすれば魔王の張る結界を破り、大陸の中に侵入できるだろうが……そこからは大変だぞ?
結界を破っても魔王の兵はまだまだ居る。地力の高さも相まって、数も練度もそれなり以上。その上軍としてきっちりと統制がとれている。
それにその場は魔王軍のホームグラウンド。どんな罠が仕掛けてあり、どんな陣を張るかは相手の思うがままだ。
……さて、ディオとナギは、いったいどのようにして魔王の居る場まで辿り着き、いかにして魔王の息の音を止めるのか。その事には多少興味がある。
……ただ、恐らく正面突破とゲリラ戦の繰り返しだろうな。戦力差が大きすぎるし、魔王との戦いの最中に横槍を入れられてはたまらないだろう。
……ちなみに私がやるとしたら、暗殺するか大陸ごと、最悪星ごと消し飛ばすと言う手を取る。できる限り被害は抑えるが、そうも言っていられない状況も無きにしもあらず、と言うわけだ。
《いや、たぶん無いと思うヨー? だってあの駄目神が作った魔法生命体だシー、一番強くてもあの時フルカネルリに倒された駄目神には届かないヨー?》
それでも自暴自棄になって私を殺せれば後は何も要らないと考えて存在全てをつぎ込んだ魔法を打ち込んでくれば、私に届くだろう? 可能性があるのだから、少しは警戒しておかなければ。
『……ふふふふ………♪ ……実は、心配なんてしてないくせにぃ……♪』
それはそうだ。今この瞬間にも太陽が爆発する可能性はあるし、大体の学者はそれを知っているだろうが……それでも心配などしてはいないだろう? 私にとってはその程度の可能性だ。
…………さて。ディオとナギが魔王を殺したのなら、一度この場所に招待するとしようか。風の精霊王も、報告しないという契約をしてからなら呼んでもいいな。
既にナギを送り返す術式は完成している。人体実験も済ませた。向こうにいきなり現れた者は警察に捕まっているが、それなりどころではなく馴染んでいる。日本の警察は優しいな?
それにナギの家族も、いまだにナギの事を心配しているしな。半年と少しだけとはいえ行方がわからなかったのだから、色々と聞かれるだろうな。
……ついでに、向こうの世界に魔力があることは確認した。この世界で作られた存在がこの世界の外に出ると、魔力の供給が無くなり体が崩壊を始めるのだが、これならなんとかなる。
…………さて、実験は終了した。先に送ったあの男も、なんとか自分の存在を保っているし、生きている。
言語も通じているし、今のところ妙な病気にかかることもない。
近くにいた者達と仲良くなり、彼らを中継して魔力を少しずつ取り込んでいるため消滅の危機もない。ディオの場合はナギが居るから余計にな。
ならば今度は実行するだけだ。それを成功させるために、準備だけは完璧を目指さなければ。
《……お手伝いはいらないみたいだネー?》
ああ。これは私が一人でやろう。私の息子の新たな門出だ。私がやらずして誰がやる。
……嫁も一緒に連れていく事になりそうだがな。
帰る術式を駄目神が用意してくれないなら自分で作れば良いじゃない、を実行して成功しちゃったフルカネルリ。