異世界編 2-77
水の精霊王との契約を終わらせたので、ようやく最後の精霊王、土の精霊王の居る所に移動します。
なんと今度は大陸を丸々ひとつと三割くらいをまたがなければならないので、少し大変です。
……とは言うものの、空を飛べるようになってからは移動はそれほど大変ではなくなりましたが。
『……あ、そう言えば、このまま飛んでるとドラゴンが支配している山の空域に入るけど、大丈夫? ドラゴン結構強いよ? 数も居るしね』
「ディオさんに勝てるドラゴンが居ます?」
『………………可能性が一番高い相手でも、十五桁くらいかな? 小数点以下で0以外の数が初めて出てくるのが』
「…………ディオさん。人外の域に入りましたね。おめでとうございます」
「やかましい。……ああ、どうやらきたようだぞ。下級のワイバーンばかりのようだが」
下を見てみると、確かにドラゴンが群れでやって来ています。
……魔術で数を減らしたりできませんかね?
ちょっと魔力を込めて、威力を下げた氷の魔術を使う。狙いは柔らかそうな翼膜。これを貫いて穴を開ければ、多分落下はしないにしろ上昇は難しくなると思います。
「【水よ!風よ!集いて固まり、撃ち貫け】っ!」
そうして撃ち出された氷の弾丸は狙い通りに五十メートルほど離れた所を飛んでいたワイバーンの翼膜を貫き、破裂して翼膜どころか翼をまるごと凍結させた。
……え? なんで?
私が呆然としている間にも下ではワイバーンの翼が砕け、飛ぶ方法を失ったワイバーンが地面に叩きつけられるように落ちていった。
「……ふむ。なかなか威力の高い魔術だな? 特に当たったところで破裂させて、効果範囲の拡大を狙っている所が良い」
「……偶然です。狙ってませんでした」
ディオさんの誉め言葉に、正直に返す。今回使った魔術はただの組み合わせだけれど、使ったことはないし、そもそも効くかどうかすらわかっていなかった。
「なら、その偶然を毎回出せるようにしなければな」
ディオさんは私にそう言って、いつもより少しだけ大きく笑った。
ドラゴンを落としながら空を飛んでいると、ようやく大陸の終わりに差し掛かった。急げば日が沈まないうちに海を渡りきることができるだろうけど、嵐や魔物の群れに襲われたりしたら間に合わなくなるかもしれないので、少し早いけれど今日は岬の上で一泊することになった。
……地上には盗賊団のアジトのようなものがありましたが、偶然雷が集中して落ちてきたせいでそこは焦土になっています。空は晴れているのに、不思議なこともあったものですね。
『偶然って怖いね? ちなみに私は空気を圧縮して雷みたいな物を作り、自由自在に落とすことができるよ? 数はまあ、二十万くらいかな? やったのかって? さあ、どうかな?』
「燃えるものに雷が落ちれば当然燃え出すんだが、地層のなかには地層そのものが燃える泥炭層というものがあるそうだ。錬金の魔法で試しに作ることもできるのだが、もしそこに雷が落ちたら地下だろうが関係なく燃えるな。……私は知らんぞ?」
「もし、そんな状態で地中から可燃性のガスが出ていたら大変ですね。人が逃げる間もなく吹き飛んじゃいますよ。もしくは酸欠ですか? 火属性の魔術にガスを出す魔術はありますけど、どこにいくかは‘風まかせ’なんですよね」
『そうなんだ? なにか嫌な予感がしたから空気を移動させたけど、どこにやったかなんて覚えてないよ?』
そうですよね、覚えてませんよね?
そう、いくら盗賊たちが私を下卑た目で見つめてくるどころかディオさんを殺して私を拐って犯して奴隷として売り払うなんて話をしていたからって、私達がそんなことをするわけないですよ。現に全く覚えがありませんし、覚えておく価値もありません。
……さて、と。今日のご飯は久し振りに海のお魚ですね。寄生虫や病気が怖いのでお刺身では食べられませんけど、それでも嬉しいです。
「解毒や寄生虫を魚から取り除く方法もあるぞ? 水属性の魔術でな」
「ええっ!? そうだったんですか!?」
そんなぁ……それじゃあ今までお刺身を我慢してきたのは無駄だったってことですかぁ……?
……すごくショックです。
怖い。それが俺達が考えている共通の事だった。
始めはただの世間知らずそうな娘とその護衛の男だとばかり思っていたのだが、俺達の言葉を聞いて、娘の方の雰囲気が豹変した。
ざわり、と髪の毛を逆立たせたその娘は、いきなり剣を抜いて近くにいた俺達の仲間を切り捨てた。
胴体をまっぷたつにされたそいつは、何が起こったのかわからないと言う風に何度も目をしばたかせ、叫ぼうとしたが、どうやらまっぷたつにされた胴体の下の方に肺の一部があったようで、息を吸うのも吐くのも失敗していた。
「は? 巫山戯た事を言っちゃいけませんよこの社会の屑。あなたたち風情がディオさんを殺す? 私にすら勝てないのに? 夢物語もいい加減にしなさい妄言吐くのもやめなさい生命活動を辞めなさい動くな騒ぐな獣未満。理解しなくていいですよしてほしくもありませんし理解させる暇も与えませんしさせようとも思いませんし殺すことは確定ですし。こういうときは何て言うんでしたっけ? ……そうそう、思い出しました。豚のような悲鳴をあげろ、元々豚みたいな声をしてますからわざわざ言わなくても良いような気はしますけど、こういうのはディオさん曰く様式美だそうですし、一応言っておくことにしますね? あなたたちみたいな単細胞生物未満には過ぎた手向けですけど」
ぺらぺらとその娘はよく回る舌でひたすら俺達を罵倒しながら切り刻み続けている。護衛だと思っていた方の男は、凄まじく凄惨な笑みを浮かべたまま何か魔術の詠唱をしているようだった。
俺達はひたすら逃げた。ばらばらの方向に駆け出し、自分だけは逃げられるようにと走った。
だが、アジトに戻ってみれば俺達の班員以外の奴等は無傷のままここに居る。これなら、あの娘と男が追ってきていても返り討ちにして、うまくすれば捕らえることもできるだろう。
その時の味見の事を考えてにやにやと笑ってしまうがそれより先に頭に報告に―――
盗賊、バントルムの最後の思考。