異世界編 2-75
術式を自力で組む訓練をしながら飛行を続けておよそ二日。水の精霊王が住んでいるらしい湖に辿り着いた。
……が、なぜか水の精霊王は姿を見せない。ウルシフィが呼び掛けても、返事もしないらしい。
私も探してみたのだが、湖の底に、妙に水の力の強い場があることくらいしかわからなかった。
『うん、それマルシファーだね。湖の底にいられたんじゃあ私の声が届かないわけだ。やれやれ、私からマルシファーの方はわからなくっても、マルシファーの方から私のことはわかるはずなんだけどね? あの可愛いマルシファーが私を無視するようになるなんて………時の流れは残酷だね、私のガラスの心が砕け散ったよ。と、言うわけでディオさん。傷心の私を助けると思って苛めてくれないかな? 今なら私の処女がおまけでついてくるよ? お買い得だとは思わないかい?』
「…………」
とりあえず、両手を後ろに縛り上げて転ばせてから背中を踏みつけてやった。最近は私の術式構築の先生もしてくれているし、このくらいのことはしてやってもいいだろうと。
私の足の下でウルシフィはその顔を泥で汚し、肺に空気を取り込もうと必死になっているように見えたが……まあ、これはウルシフィなりの快感を得るためのスパイスの効かせ方だろう。
ぐりぐりと踏みにじるだけではなく、強弱や緩急もつけて踏み続ける。具体的には、わざと息を吸おうとしたところで体重をかけてみたりだな。
『は……すぅ……は……す、げほっ♪ あぅぅ………♪』
「……私もやってみていいですか?」
「……まずは尻の辺りで感覚を掴んでからにしておくべきだな」
「はい、ディオさん……えい……わぁ、なんだかプニプニしてる……」
ナギ殿も参加し、しばらくウルシフィを優しく苛める状態が続く。
『あ、かはぅ……ぅあ……♪ き、今日の、ディオさん……くぅ……やさし、ねぇ……? ……うくぅ……♪』
背中を踏みつけられているためか、妙なところで言葉を途切れさせながらウルシフィは呟く。その言葉はしっとりと湿っているかのように粘度が高く、どろりと耳にいつまでも残っていた。
それを振り払うように私は更にウルシフィの背を踏みにじるが、ウルシフィはふるふると体を震わせて甘ったるい声をあげるのだった。
『っ……ぁ、はぐ……ぅ……あぁ……♪』
「……なんだか、ウルシフィが可愛らしく見えてきました」
「おや、ナギ殿もか? 確かにこれならペットを飼うのも良いかもしれんな」
『……え……ほんと、かぃ……? 嬉しいな、あはぁ………♪』
「ナギ殿。そろそろ終わりにしよう」
『……ん~、まあ、今回はかなり満足かな。久し振りに満たされたよ? 何て言ったってディオさんとナギ殿のペットになれそうだしね。嬉しいことだよ、少なくとも私にとってはね。けど、いつもだったら無視するのになんで今回は苛めてくれたのかわからないんだよね。どうしてかな? もしかして、お礼だったりするのかな? だったらディオさんのプレゼントは素晴らしいものだったと言わざるを得ないね、ありがとう御主人。』
「いつもの通りに呼べ。少なくとも、魔王をどうにかするまではペットを飼う気はない」
「私も同じですから、いつも通りで」
そう言いながらディオさんはウルシフィの背中から足をどかし、ウルシフィの両手を縛り上げている縄を解いた。
私もウルシフィから足をどかして、ようやく真面目に湖を見る。
……うん。綺麗な水。魚とかもいっぱい居そう。
けれどその中心はすっごく深くて、潜って行けるかどうかはわからない。
………どうすればいいんでしょうか? 湖をどかしたりって言うのはまずできませんし、干上がらせたら多分怒られますし……。
「……よし、割るか」
どうやらディオさんがなにか解決法方を………って、割る? 何をですか?
ディオさんはいつもの表情の薄い顔のまま剣を抜き、いつもより少しだけ大振りに構える。
そして大きく息を吸い、短い呼気と一緒に剣を振りおろした。
するとディオさんが振り下ろした剣先から圧縮された風が迸り……轟音と共に湖の水をを叩き割った。
「…………」
『…………』
ぽかーん、と私とウルシフィがきれいに割れて湖底をさらしている湖を見ている隣で、ディオさんはひゅんひゅんと剣を振り、恐らく自分の予想以上だった威力に首をかしげている。
……モーゼって、こんな風に海を割ったんでしょうか?
「……まあ、威力の調整の必要があるとわかったのはいいことかもしれんな」
「……そうですね」
もはやそれしか言えません。
『……おーい、マルシファー!』
少しの間呆然としていたウルシフィが、割れた湖に飛び込んでいった。多分だけれど、マルシファーと呼ばれていた水の精霊王を呼びにいったのだろう。
……それにしても、よくあれだけで湖を割って、しかもいまだに固定していられますね。あそこだけ気圧を上げてあるんでしょうか?
やっぱり魔術は奥が深いです。使えるようになってもよくわからないところがたくさんあります。
……まあ、そういうところがあろうがなかろうが、元の世界に帰るまでの繋ぎですし、なんでもいいんですけどね。
驚きすぎて逆に冷静になったナギの思考。