異世界編 2-70
炎の精霊王に会うために火山を登る。魔物が多いけれど、このくらいなら私一人でもまだなんとかなる程度なので、ディオさんもフルリさんも手伝いはしてくれない。失敗しそうになった時や大怪我をしそうになった時は助けてくれるので文句はありませんけど、やっぱり少しきついです。
ちなみに今は洞窟の中で火の粉を散らしながら飛び回る蝙蝠と、地上でかしゃかしゃと甲殻を擦り合わせながら私に向かって走ってくる蟹の波状攻撃を受け続けています。
「~~っ!もう、多すぎです!【水よ!来たりて切り裂け】!」
いつもは使わない詠唱を使って水の魔術を使いますが、こんな水気の少ないところで使える魔術はそう多くはない。
けれど、私は魔力の量だけはそれなりに多いらしいので、魔力を込めて遠くの水の精霊も呼んで魔術を行使する。
ごぽぽっ、と水の塊が私の頭上に浮かび上がり、表面から少しずつ剥がれるようにして水の刃が飛んで行く。そしてそれらの刃が蝙蝠と蟹の大半を切り裂き、残った物はさっきのような全周囲型ではなく集束型で狙って切り裂く。
それでなんとか終わったけれど………疲れました。
ぱちぱちぱち、と拍手の音が辺りに響く。音の方向を向いてみると、フルリさんとディオさんが私に拍手をしていた。
「……ちょっとくらい手伝ってくれてもいいじゃないですか」
「それでは鍛練にならないだろう。出来るところまでは自分だけでやっておけ」
フルリさんは、顔に似合わずすっごいスパルタのようです。確かにこういうやり方ならディオさんがあそこまで強いのも理解できますし、ディオさんが私の限界を攻めるような修行の仕方をしたのかもわかりました。
……でも、いくらなんでもなんの覚悟もない私にいきなり殺人経験を積ませるとか、いかれてるとしか思えませんよ? 主に頭が。
「……ふむ。ナギとやらも、言う時は言うのだな?」
当たり前で…………え?
おそるおそるとフルリさんの顔を見てみる。無表情だった。
その次にディオさんの顔を見てみる。やっぱり無表情だった。
最後にウルシフィを見てみる。
「…………私、口に出してた?」
『出してないと思うよ? まあ、空気を震わせないように声に出したなら別だけど。何があったのかな? もしかして私を罵倒してくれたのかい? どんな内容?』
…………この精霊王はダメですね。
「駄目な精霊王だな」
「本当に駄目な精霊王だな。昔はこうではなかったのだが、いったい何があったのやら」
『あふんっ♪ ディオさんの蔑みを込めた目もフルリさんの無価値な物を見るような目もナギ殿の馬鹿を見るような目もいいね。体が熱くなってくるよ。……ああ、もうとろとろだ。こうなったら責任をとってもらってディオさんフルリさんナギ殿の三人にペットとして飼ってもらうしかないね』
…………ごめんなさい。原因は私とディオさんが初対面でやったアレです。屈辱にまみれるのが気持ちよくなってしまう、いわゆるマゾヒストになるなんて欠片も思っていませんでしたけど。
ナギ殿も中々強くなってきた。未熟な私が言うのもどうかとは思うが、本当に。
始めの頃はこの短期間でここまで強くなるとは思っていなかったし、ここまで才があるとも思っていなかったが、本人に強い生存願望があるお陰か教えた事を見事に自分のものにしてみせる。やはり生きたいという欲は相当強いものだな。
しかし、魔王を倒すことができるかと言われれば首をかしげるしかない。会ったこともないし、直接見たこともない相手と比べるということ事態が間違っているのかもしれないが…………。
……母さんならわかるのではないか?
「わかるぞ。もう一つといったところだな」
……もう一つか。それなら、まあ、なんとかなるか?
…………ああ、母さんだし私の思考を読み取ることくらいは普通にやってのけるさ。当然当然。普通普通。ただし母さん限定の普通だが。
……ずいぶんと新しい普通もあったものだが、それが普通なのだから仕方がない。
母さんとナギ殿、ウルシフィとこの火山で生活を初めて一週間。炎の精霊王にそろそろいいんじゃないかと言われたとウルシフィが報告してきたので、頂上に存在する火口へと登り始める。
先頭はナギ殿で、弱い魔物の掃討もナギ殿。ある程度以上の力を持つ魔物は私で、母さんは自分が行動する先に居る魔物だけを殺している。邪魔をされなければ無視しているが、大抵は襲いかかるので、それらは私達の食事用になる。
……母さんの作る料理が一番美味い。どう見ても大雑把に作っているようにしか見えないのだが、何故か。
母さん曰く、料理は味見と自分の舌さえしっかりしていれば早々不味くはならないそうだが、私が始めに作ったものは黒いナニカと現すのがもっとも適当と言えるようなものだった。
……食べたとも。自分が食べて他人に食わせて恥ずかしくないものができるまで、失敗作は全て私が食べたとも。
ただ、多少毒性が出ているものは途中で気絶してしまい、捨てることになったが…………実にもったいない。もっとしっかり学んでから実践するべきだった。
「ディオ。火蟹鍋ができたぞ。ナギとやらを呼んでこい」
「了解」
さて、食事だ食事。
ディオ、ツェセム火山の洞穴にて。