異世界編 2-56
どうやら炎の大陸は本当に治安が良い方だったらしい。まさか街中で当然のように殺人や強盗があるとは思っていなかった。
「人質をとられて動けないみたいですね。どうします?」
「ナギ殿が助けたいのなら助けてみるといい。今のナギ殿ならあの程度の使い手など無手でも勝てるだろう」
「……私が最適の動きで失敗をしなければの話ですよね?」
「当たり前だろう。それと魔法は余波で人質まで被害が行くことも考えられるので、範囲の狭いものをさらに狭くして使うのが良いだろうな」
まあ、それもやるならの話だが。
結局ナギ殿はなにもしなかった。だが見物に夢中になっている間にスリに道具袋をスられそうになっていたのでばれないようにそのスリの耳の穴から脳に長い針を突き刺して殺しておいた。
こうしてやると脳から体に命令を送れなくなり、意識も思考もそのままにゆっくりと死体を作れるらしい。
大抵の場合は体が動かないまま雨ざらしにしておけばいつか本当に死ぬが、この町ではそんなものを待たずとも色々なものが居るためもっと早く死ぬことができるだろう。
まあ、短い生だが楽しんでくれ。
「さて、ナギ殿。出発しようか」
「はい。ディオさん」
『…………いやあの、夜だよ? 夜だと魔物とかずっと強くなるんだよ? それに回りも見えなくて危ないし、迷ってもわからないかもよ? ついでに町の外に出る道も夜は封鎖されてるから通れないし。まあ、その分一回出ちゃえば人がいないから羞恥プレイとかを堂々道の真ん中でやったり首輪つけて鎖で引かれてお散歩とかぱっ!?』
何を言っているのだこの種族:変態は。始めの方はともかく、後の方はただのお前の欲望だろうが。
鼻っ面に裏拳を叩き込んでやったのだが、やはりと言うかなんと言うか、全くこたえていない。むしろ悦んでいる。
「ディオさん。そうやって相手してあげるから喜ぶんですよ? なにもしなければ良いと思いますよ」
「なにもしなかったらこれはずっと話し続けて五月蝿いと思うのだが」
『あはあぁぁ~~♪ いい!いいよその冷たい目!全身を氷柱で刺し貫かれたようで、すっごくきもちいいぃぃ~♪』
…………。
『ほ、放置? 放置するのかい? それはいくらなんでも酷くないかな? 泣くよ? 喚くよ? 興奮するよ? だってほら、私から話しかけてるのに返事がない状況とか、なんか世界全てから私の存在を否定されてるような気がしてなんだかすっごくゾクゾクするからね♪』
………………。
私は目線だけでナギ殿を見ると、ナギ殿も首だけを回して私のことを見ていた。
「……これでも、放置するか?」
そう聞いてみたら、ナギ殿は苦笑いをしながら首を横に振った。
フルカネルリだ。アンペラルド――いや、これは私が勝手につけた名前だったな。この世界では水の大陸という呼称が一般的であるらしい大陸に到着した。ちなみに方法は飛行魔法。認識阻害と光学迷彩、魔法的な迷彩までかけて来たため、まあ、気付いた者はいないだろう。
《まあ居ないだろうネー。というかこの世界じゃあ人が空を飛ぶのは飛竜や鳥なんかに拐われたか殴られて飛ぶか魔術で吹き飛ばされるかのどれかだし、空を気にする人間なんていやしないヨー》
『……そうかしらねぇ……? ……もしかしたら、月見をしている人がぁ……居るかもしれないわよぉ………♪』
ふむ、月見か。それもいいな。今回はゆっくりと会場までいこうではないか。いつもは観戦していただけなので、参加するのは初めてだ。
……さて。サノカッキは向こうだな。行くか。
《わざわざ見に行くんだから、フルカネルリも親馬鹿だよネー?》
そうかもしれないな。
ナイアとアザギを連れて、私はゆっくりと荒野を歩く。これなら火山の麓をゆっくりと飛んでいっても間に合うので、急ぐことはない。
それに、遅れそうになったなら楔に向けて転移すれば一瞬だ。
さっさとそうしてしまえば良いのかもしれないが、それではもしも私が居ることで起きたかもしれない私の知らないことを見逃してしまう可能性がある。故に却下した。
《ないと思うけどネー》
私もそう思うが、可能性がないわけではない。
そんなとりとめもないことを三人(一人と一柱と一体?)で話し合いながら、誰もいない、魔物すらもいない荒野を歩いていった。
……おや。ディオは随分とナギ殿とやらに優しいな。これは本格的に惚れたか?
私の楔の知覚範囲内でテントを広げ、その中で眠っているディオとナギ殿とやらを覗き込む。
さて、この娘は私の息子を任せるに値するかどうか。確かめさせてもらうとしようか。
とは言え、ディオがどうしてもと言えば普通に許す気でいるんだが。
『……瑠璃はぁ……本当に、優しいわねぇ………うふふふ……♪』
…………さて、それはどうかね。
フルカネルリ、大会参加決定。