異世界編 2-55
ナギ殿が目を覚ましたので、早めにケイルを出発することを伝える。理由は簡単。大会の申し込みに間に合わないからだ。
しかし、そろそろナギ殿が使っている剣にがたが来ているため、買い換えをしなくてはならない。流石に柄から砕けそうな剣の修理はできないのでな。
ちなみに私の剣はそういった心配が欠片も必要ない。手入れさえしっかりしておけば、まあ、折れるようなことは早々無いと母さんからお墨付きももらっている。
……一応試してみたらしく、折れた短剣を見せてくれた。横腹に刃を叩きつけたのにそういうことができるとは………。
しかも母さんがいつも使っていた短剣だ。その強度は私もよくわかる。何度も何度も切りつけられ、打ち合い、弾こうとして剣を折られ、流そうとして剣を折られ、打ち合っていて剣を折られ、柄尻で殴られ剣を折られ、峰で叩かれ剣と骨を折られ………………
『おーい、ディオさん? 平気かい? 目が虚ろになっていてどう見ても大丈夫には見えないけど、それでも聞いておくよ? おーい、聞こえてるかい? 顔が真っ青になってて凄く体調が悪そうだよけど、風邪か何かかい?』
……ははははは。もう思い出すのはやめよう。あれに比べれば、という時以外に思い出したら大変だ。主に私の精神の安定が。
ケイルでナギ殿の剣を買おうとしたのだが、どうも良いものが見つからない。仕方がないので手っ取り早く私が作ることにした。
「とりあえずは対魔術仕様と強度、切れ味の上昇をさせておいた。とりあえずはこれで十分だろう」
「ありがとうございます。……けど、確かこういう武器とかに込められる魔術って、ひとつだけって聞いたんですけど……」
「それは嘘だ。やろうとするもの達の能力が足りなかっただけで、実際は可能だ」
「………みたいですね」
ナギ殿はなんとなく納得したような顔を見せて、用意してあった鞘に剣をしまった。
ちなみに私が作ったのはナギ殿用に調整した長剣。軽く鋭く作られたそれは、ナギ殿の俊敏な機動力を殺すことを極力避け、その上で折れず、曲がらず、欠けずの三つに特に力を入れたものだ。
………かなりの魔力を込め、できる限り精緻な術式と精巧な形状の剣を作ったのだが、それでも母さんの作品には届いていない。
やはり、いつまでもあの背中は遠すぎる。あまりにも遠すぎて、それは影でしかないと言うのに見失ってしまいそうだ。
それでも、私は何とかして母さんを追い続ける。
…………やれやれ。理解はしていたが、私はまごうことなきマザコンだな。
ディオさんに作ってもらった剣を何度か振ってみる。握った時からわかっていたが、妙に私と相性が良い。
私の剣は素早さ特化の剣で、速度はあっても威力はそこまで高くはない。それでもある程度は速さで補ってきたし、体を強くする魔術で威力そのものの底上げもしてきた。
ディオさんの作ってくれた剣はそんな私の速さを殺すことなく振るうことができるようになっているらしく、以前使っていた剣より馴染む。
取り回しのためか刃が少し短くなっているが、その分軽く、使いやすい。
『いやいや、まさかディオさんにこんな特技があるなんてね。いったいディオさんはどこまで万能なのかな? 料理も上手い戦いも強い頭も良い要領も良い、ほとんど完璧じゃないかな?』
……完璧、ですかね? 私としては少しくらい私の気持ちに気付く素振りを見せてくれるともっと良かったんですけど…………。
……まあ、ディオさんですし。仕方ないですね。
そう思いながら、私は貰ったばかりの剣を鞘にしまう。
……そう言えば、武器は良いのがありますけど、防具はなくても平気なんでしょうか?
ディオさんにその事を聞いてみると、私がこちらの世界に来て、魔王を倒すということを決めた日に私の服に色々な防御用の魔術を込めたんだとか。
私の服は学校の制服の下にジャージのズボンと言う格好で、あちらでは結構よくある姿。特に向こうは私が来た当時は冬。大体の娘はこうしていたし、先生達も教室外では見逃してくれた。
今ではスカートは無いが、それでもジャージに制服の上という格好。着の身着のままではあるけれど、洗濯しているときにはこちらで用意してもらった服を着ているため、特に困ってはいない。
その制服は、ディオさんの魔術によってそこらの全身鎧よりも丈夫になっているらしい。なんと耐炎耐冷防刃防弾耐熱耐衝撃耐魔術、その上どうやら耐Gと私にかかるGの軽減までしてくれているらしい。
…………魔術ってすごい。科学じゃできないことをさらりとやって見せてくれる。痺れも憧れもしないけれど、素直に凄いと思う。
『素直っていうのは良いことだからね。君はそのままで居れば良いと思うよ? ついでにディオさんに告白してみたらどうだい? ディオさんも満更じゃなさそうだけど、というか嬉しいと思うよ? 失敗したときの責任は自己責任でお願いするけどね』
いえ、その時は全力で呪います。そして地の底に埋めます。
『…………ぁはぅあ……♪』
ゾクゾクしているウルシフィを放っておいて、私とディオさんは歩き出す。
どうせ後から追い付いてくるのだし、問題ない。
寺島渚、水の大陸冒険編。