異世界編 2-50
わわわ忘れてた……申し訳ありません……。
ランドリートの王宮から急ぎの手紙が届いた。どうやら私とナギ殿を周囲の国に対する防壁にしたがっているようだ。下らない実に下らない。
それに今の私はランドリートの騎士団長ではないし、ナギ殿もランドリートに所属しているわけではないのになぜランドリートの命令を聞く必要があるのだろうか?
やれやれ。これだから自分が世界の中心だと思い込んでいる輩は困る。
…………ついでに、この手紙の最後に書いてある脅迫文だが…………できるものならやってみろと声を大にして言いたい。
国中を探して私の母を殺すやら、ナギ殿を元の世界に戻してやらない等と書いているが、どちらも元々できやしないだろう。
と言うか、できる奴が居るならさっさとそいつに魔王を殺しにいかせれば万事解決だろう。あの母さんを殺せて魔王程度を殺せないわけがない。
「……どうしますか?」
「無視だ。私を殺せないものが私の母を殺せるものか」
『それにナギ殿を帰さないとか書いてあるけど絶対使い潰されるだけだと思うよ? 召喚はできても送り返すことはまあ無理だし。できるとしたらアリバっさんかあの娘くらいかな?』
……前から思っていたのだが、たまに出てくるあの娘とは誰だ? 母さん以外にもそんなことができそうな人間(?)には心当たりがないのだが。
……まあいい。とりあえずこの手紙を持ってきた伝令に返答をしてやろう。
私達が手を貸さない程度で滅ぶ国など滅べ、と。
伝令を返して暫くすると、どこからかは知らないが大量の暗殺者が涌くようになった。
まあ、ランドリートからだろうがな。実に面倒臭い。
「……ほんとにこの人達って暗殺者なんですか? 訓練の時のディオさんの方が気配が薄いんですけど……?」
「私は行動を読まれにくいように意識して薄くしているからな。もう少し予備動作を無くして動きを最適化させることができれば、初見殺しの剣技ができるらしいのだが……」
『私は今でも十分初見殺しだと思うんだけどね。それよりも上があるっていうのは少々信じがたいかな。でも、あるって言うんならあるんだろうね。ああ怖い、あの威力が気付いたら自分に当たっているなんて……ああ怖い。怖くて怖くてゾクゾクするっふ♪』
「それは違うゾクゾクでしょう? いいから早くこれを命じた人を教えなさい。さもないと暗殺者への盾にしますよ?」
『え、それは嫌かな。あんなのに痛め付けられても気分悪いし気持ち悪いしむしろこっちから切り刻みたくなるしというかもう切り刻んでるし命令した馬鹿もその上役の馬鹿もついでにその家族もみんなバラバラにしちゃったけど別にいいと思うんだ? 問題無いよね、構わないよね? イライラしてついやった。後悔も反省も全くしてないよ?』
ふむ。やはり人外、気に入らない者への慈悲など欠片も持ち合わせていないか。
まあ、当然だな。私もそうだ。
だが、私も殺りたかったのだがな?
「アザギ。ランドリートの王都全体に呪詛を飛ばしておいてくれ。致死性はいらんが、タチの悪い物をな」
『……うふふふ……わかったわぁ……♪』
フルカネルリに頼まれ、アザギは遠く、ランドリートの方向に体を向けた。
そしてその体から、どす黒い何かが飛んで行く。
《この世界の人間は馬鹿だネー。あんな神が作ったんだから、仕方ないって言えば仕方ないのかもしれないけどサー》
「そうだな。だが、なんにしろやることは変わらんさ」
《そうだネー》
けらけらと笑うナイアに、フルカネルリはいつもの無表情で返す。
……しかし、ナイアなど付き合いの長い者達にはフルカネルリが少しだけ苛ついているのがわかるらしく、いつもならばついてくるからかいの言葉が無かった。
『……終わったわよぉ……もうすぐ、あそこで‘風邪’が大流行するわぁ………♪』
「そうか。よくやってくれた」
この世界で風邪は、割と重病である。
なぜなら、怪我と違って回復魔術では治らないし、放っておけば弱った体が他の病にかかることもざらにあるからだ。
その他にも、この世界には病原菌の役割をする物を運ぶ小動物も多く、あっという間に広がっていくこともあるし、なにより薬らしい薬など存在しないからである。
この世界の存在とは、全て魔法でできた学習機能を持つAIのようなもので、風邪を引くと言うことは体を構成している魔法になんらかのバグ、または異常が出ている状態だ。
当然、バグが出ているAIに健常なAIが接触すればそのバグは移り、自己修復に任せなければならない。
回復魔術とは傷付いた状態を健常な状態まで修復する物なのだが、風邪などの病気ではその健常な状態が崩されるので、風邪は回復魔術では治らないのだ。
呪詛、つまり呪いとは、この状態を強制的に、かつ簡易的に引き起こす現象である。
普通の病気をコンピューターウイルスによる根本からの改変とすれば、呪いとはプログラムのどこかに一つ0を付け加えるような物で、そのぐらいならば魔術で割と簡単に取り除く事ができる。
…………普通なら。
しかし、今回呪いをかけたのは悪霊歴数万年を数えるアザギ。そんな存在のかけた呪いが普通の呪いである筈がなく、致死性はなくとも威力や持続力は抜群でありながら感染力も相当な‘風邪’が出来上がっていた。
これは単にアザギがこの世界、正確にはこの島の外の人間の力量を測り違えただけなのだが。
「さて、私も久し振りに出掛けるとするか。息子の未来の嫁の姿も直接見ておきたいしな」
『……そうねぇ………見ておくべきよねぇ……ふふふふ……♪』
そんなどうでもいいことをフルカネルリが気にするわけもなく、ランドリートはゆっくりと衰退していくことになるのだった。
アザギの呪風の恐怖。
《ちなみに症状は某ゾナハ病によく似ているヨー。違うのは笑おうが怒ろうが泣こうが収まらないところかナー?》