異世界編 2-49
こうして私とディオさん、そしてウルシフィは旅を続けることになりましたが、とても平和な日本に暮らしていた私にとって、この世界の旅とは想像以上に危険なものでした。
時には魔物に襲われ、時には人間にも襲われ、スリに合いそうになったこともあれば騙されて盗賊や奴隷商人に売られそうになったこともありました。
これでもこの大陸はそれなりに優しく平和な方だと言われて驚きましたが、異世界なのだと自分を無理矢理納得させることもしばしば……。
それでも私が旅を続けているのは、使命感や正義感といった綺麗なものじゃあありません。
私が魔王を倒さなければ………いえ、倒すではなく殺さなければ、いつかディオさんがその魔王に挑まなければならない日が来るかもしれないからです。
……口に出して言うのは恥ずかしいですが、自分が好きになった男の人を守るのも、女の子の幸せのひとつ……ですよね?
旅に出掛けてからと言うもの、ずいぶん寝起きが良くなったと思う。
それはきっとあの城の中のような間接的で真綿で締めてくるような危険ではなく、もっと直接的で真剣のような危険が一杯だからだと思っています。
なんといってもこの世界、特に町の外には魔物がたくさん存在するわけで。
それに、一度寝起きに気を抜いていたらいきなり後ろから襲われたこともあるので、いつでも気は抜けません。
……まあ、それでもあの少しずつ少しずつ追い込まれていって、気が付いたら勝手に行動を決めさせられているような状況に比べればまだ楽だとは思いますけどね。
私が始めにこうして旅を始めることになったのもそれが原因な訳だし、そういうのがすごく上手な相手ばかりだったから暫くしてディオさんに言われるまで気付かなかったですし。
……この世界の人間が少し嫌いになった瞬間でしたね。
その後も町や村をいくつか回ってきたけれど、若い男と若すぎる女の二人組と言うだけで色々なことを言われてきた。私が対象になるときもあればディオさんが対象になるときも、同時に色々言われることもあった。
異世界ではよくあるギルドなんて物もあったし、そこの人に声をかけられることも、酔っぱらっているのかどうかは知らないけれどいきなり私に酌をしろなんて言ってくる人もいた。
そう言うのは大体(ディオさんが言う所の)中堅のパーティに多いらしく、少し大きな町の宿屋や酒場なんかではほとんど毎回絡まれた。
だから私達はそれを避けるため、それなりに大きな町ではできるだけ寂れた宿屋に泊まるようになった。
けれども小さな村や集落では、排他的なところを除けば悪い人はあまりいないし、少しくらい排他的なところでも、関わり合いになりたくないというだけで割と悪いことは考えていない。
この世界にきてから、少しそういう感情や気配に敏感になった。それでも、どろどろとした悪意を感じることは少ない。精々、タイミングが悪くて生贄が必要な時期にそこに来てしまった時に、生贄の女性の父親からの‘この旅人を代わりにできないだろうか……’といった目に睨まれた時くらい。
きっと彼らは悪意を持たない。ただ、少し残酷なだけで。
……まあ、それでこの世界がどんどん嫌いになっていくのが止まるわけでは無いけれど。
「……ふむ。随分とストレスが溜まっているようだな。発散しに行くか?」
ある日、私の顔色が悪いのを見て私の体を診察したディオさんはそう言った。
「どうやってですか?」
「なに、確かにこの大陸は割と平穏であるためにそういったものは二年に一度しかないが、他の大陸に行けば大小はあるが年に数度はそういうものがある」
ディオさんは笑いながらそう言うけれど、私には何の事だかわからない。
『簡単に言ってしまうと大会だね。それも賞金が出たりするタイプの。出場には別にお金はかからないけれど、たまに非合法で非公式なところで奴隷と魔物を無理矢理戦わせてその勝敗で賭けをするとかそんなのもあるよ。その場に空気があればそこは私の知覚範囲内だからね? 私から物を隠そうとするならそこに空気がないようにしなくちゃ。別に繋がっていなくてもそこに空気があればわかるさ。ただし結界の中だけはわからないから秘め事はその中でね』
……つまり、そういう大会で暴れてストレス発散でもすればいいってことかな?
…………あ、結構いいかも。
『あれ、私のことは完全に無視かい? まあ、それはそれで放置プレイとでも思っておくから別にいいんだけれど、他の精霊王に同じことはしないであげてくれよ? 私がこうしているのは、単に私がド変態のマゾヒストでその中でも精神的肉体的に責められるのも屈辱を味あわされるのも普通に誉められるのも大好きな致命的なレベルでいかれてるってだけなんだから』
「自分のことをそこまで理解できているなら少しは直す努力をしろ。口を塞いで目隠しをして首輪と鎖で繋いで引き摺るように散歩するぞ」
『あはぅあ♪ どうしよう想像するだけでドキドキしてきてしまった。そして私のあまりの駄目っぷりに興奮してきたよ。こうなったらそれを実行してもらうしかないね。さあ!』
ディオさんとウルシフィは仲良く言い争い(?)ながら笑っている。
こうして誰かが私のそばにいてくれるだけで、随分助かっている。
………けれど、ディオさんは私のです。最後には私が勝って、ディオさんをものにして見せます。
とりあえず、男は胃袋から攻めろという話をよく聞きますし、料理の勉強から始めていきましょう。
寺島渚の花嫁修行。開幕編。