異世界編 2-48
ディオさんと話し合って、契約は後にすることにした。
ディオさんはそういうのは私に任せてくれる。そしてどうしてもやらなくっちゃいけない最低限の事は何で必要かと言う理由と一緒に教えてくれるし、やり方やコツも教えてくれる。
多分、ディオさんは騎士以外でもとても有能なんだと思う。
ディオさんもそれは認めている。けれどそれでももっと上を目指している理由は、お母さんに勝ちたいからだそうだ。
初めて聞いたときにはなんでかわからなかった。ディオさんより強い人が居るなんて思っていなかったから。
けれどその人の凄さは、話を聞いて少しだけわかった。
その人は、きっと天災だ。
人の努力も才能も、何もかもを容易く飛び越え、蹴散らし、踏み潰して行く。
きっとその人は、まるで象が意識せず蟻を踏み潰すように。津波が大木を地面ごと海に引き摺り込むように。極々当たり前のようにそれをするのだろう。
たまにそんな人が居ると、私はお母さんに聞いたことがある。
私のお母さんは高校時代に弓道をやっていて、インターハイにも出たことがあるらしい。
そして、そのインターハイで才能の塊のような人に出会った。
その人が歳上なら納得できた。せめて私と同年代ならまだ目指すことができた。
その人が男なら、それを理由にして追い付こうと頑張れた。
でも、その人は女で、私より歳下で、そして私じゃあ追い付こうとすら思えないような才能の塊だった。
お母さんは懐かしそうな、そしてどこか寂しそうな顔でそう言っていた。
その人の名前は知らない。お母さんも知らないらしい。
ただ、今でも見つけたら絶対にわかると言っていた。それだけ深く印象に残っているんだと思う。
…………とまあ、母さんの昔話はどこかに置いておくとして、今はこれからの事を考えないと。
風の精霊王であるウルシフィは地面と仲良くなったまま恍惚の表情を浮かべている。
今は使い物にならなさそうだけれど、正気に戻ったら他の大陸の精霊王達の居場所を教えてもらおう。
早く帰らないと、お母さんやお父さんも……多分、心配していると思うから。
…………でも、帰るってことは……ディオさんとはもう会えなくなるってことだよね。
…………どうしようかなぁ……。
『さて、それじゃあさっさと話を進めていこうかな。私が悶えていなければもっと早く進んだんだけどね。うんうん、冷たい視線を浴びるのは気持ちがいいね♪ さっきは良いことばっかり言ったけど、もちろん悪いことだってあるよ? 当然って言えば当然なんだけどね。例えば慣れないうちは契約した精霊王と同じ属性の精霊達との感応力が強くなりすぎてトランス状態になることもあるし、早めに全部の精霊王と契約しないと性格のバランスが崩れちゃうこともあるんだけどそこはナギ殿なら平気だと思うよ? ああ、トランス状態の方は十分可能性はあるから勘違いはしないでね? ナギ殿の性格は魔力に依存していないから性格の方は平気だと思うってだけさ』
風の精霊王はやはり随分と舌が回る。それも空気は読めるだろうに気分次第でぶち壊しもそのままいくかも決めているようで実に厄介だ。
それにしてもトランス状態か。あれは訓練には良いのだが戦闘には向かないから、契約するのならば暫く安心して休めるところが必要だな。
その辺りの宿では……まあ平気だと思うが、どこにでも馬鹿は居るからな。安心はできんだろう。
……やれやれ。銀の匙亭がまだあれば良かったのだがな。
『ああそうだ。私にとっては割とどうでもいいことなんだけどさ。この大陸のランドリート以外の国が団結してランドリートを倒そうとしているみたいだよ? どうもどこからか救世主を異世界から召喚したって言うのが漏れたみたいだね。まあ宰相が魔王に報告してそこからこういう風に仕向けられたみたいなんだけど。で、ディオさんとナギ殿はどうする? 捨て置く? それとも救いに向かう? 私としては捨て置いた方がいいと思うけど、好きにすればいいんじゃないかな? ちなみにアリバっさんが伝えた魔法はランダムで求めたモノを呼び出す術式だから、あの国じゃあまずナギ殿を元の世界に戻してあげるのは無理だと思うよ。何て言ったって今現在この世界で魔術式の改変ができるのは両手の指で数えられる程度の人数しかいないからね。ちなみに私の指は風でできているから増やそうと思えばいくらでも増えけほっ♪ 鳩尾に爪先がっ♪ ナギ殿も加減がなくなってきたね。良いことだと思うよ?』
その点については同意しよう。自分より下位の敵と戦う時に加減するのならばともかく、精霊王のようなもの相手に加減は必要ない。
特に相手は変態だ。変態に加減など自殺行為以外の何物でもない。何をどういう手段でひっくり返してくるかわからないのが変態と言う生物の特徴なのだから、油断は大敵だ。
…………そう考えると、母さんは十分変態の域に居るわけだが……まあ、否定する要素はないな。けして本人の前では言えないが。
「……私としては無視したいんですけど、どう思いますか?」
ナギ殿が不安そうに私を見るが、そんなものはとっくに決まっている。
「ならば無視しよう。特に私達が困ることはない」
困らなければできる限り無視。特に面倒事はそうするに限る。
それで私達に害が来るのならば一番楽なところで介入して排除すれば良い。
私の言葉を聞いたナギ殿は内容の暗さを知ってか知らずか、とても明るい笑顔を浮かべた。
外道騎士と外道救世主の旅路。精霊王付き。