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異世界編 2-45

 

風の精霊王の背の上でナギ殿と話し合う。内容を具体的に言うと、他の精霊王達についての事だ。


「……他の方達もこうなんでしょうか……?」

「さてな。……どうなんだ?」


ちらりと視線をやると、風の精霊王は嬉々として話し始めた。


『……そうだねぇ、っあ、水のはちょっと天然入ってるかなぁ……ぁ、んあぁ♪ ふ、んんっ♪』


喘いでばかりでしばらく時間がかかりそうだが、一応話す気はあるらしいので私は風の精霊王が言葉を紡ぐのを待つ。


『炎のはぁ、ぁは♪ 熱っ苦しい男だね、っ、ぁぁ……♪』

「……ディオさん。心配になってきました」

「安心しろナギ殿。私もだ」


風の精霊王の話によると他の精霊王達にこういった性癖は無いらしいが、それはついさっきまでの自分にも言えることなのであてにはならないそうだ。


土の精霊王は落ち着き払った老年に見える男で、自分のやらなければならない所だけは確実にやる奴らしい。

ただし、それは自分の管轄外だと思ったところにはけして手を出さず、完全に放置するタイプのようだ。


『それで……むぶっ!?』

「もういい。少し静かにしていろ。……ナギ殿、どうする?」

「……色々と言いたいことはありますけど、とりあえずこの大陸で修行を積もうと思います。私はまだまだ死にたくないですから」


ふむ。そうなるとまた少しばかりスパルタ方式で鍛え上げてやるとするか。




少しばかりやり過ぎたかもしれん。

そう思いながら座り込んでいるナギ殿の隣に腰を下ろす。


「…………」

「…………」


沈黙が周囲を支配する。これも私がナギ殿に母さんから受けた特訓をほぼそのまま受けさせたせいだ。

私は何も言わずにナギ殿を見つめる。


「…………私、とっても平和なところで生まれたんです」

「……そうか」


ナギ殿は、ゆっくりと話し始める。頭の中身はまだぐちゃぐちゃだろうに、それでもなんとか私に話しをできている。

か細い声を拾い上げるのは難しかったが、風の精霊王が周囲に音のみを遮断する結界を張っているため、できないことはない。


「……確かに戦争はありましたけど、私にはほとんど関係ないような遠くでの戦争ばかりで……私の育った国では人を殺すことは、何があってもダメなことだったんです」

「……ほう。そうか」


なるほど。ただ殺しただけなのに、異様に怯える理由が少し理解できた。


怖いのだろう。辛いのだろう。ただ、それは人を殺したことが怖いのではなく―――


人を殺したことで、自分が元から居た世界との繋がりが薄れてしまう事が怖いのだろう。


自分の服を、両手の指が真っ白になるほど力を込めて握り締め、この世界に来てからその体の中に溜まった暗いものを吐き出しているナギ殿。その姿は実に痛々しく、儚げで、放っておけばいつの間にか消えてしまいそうな雰囲気を持っている。


近くには血の海が広がっている。先程、私とナギ殿が殺した夜盗の死体がいくつも転がっているからだ。

二十以上の死体のうち、五体はナギ殿が殺したものだ。

いきなり襲われて頭の中身がぐちゃぐちゃになっている時に肩を切りつけられ、頭が真っ白なまま反撃した。


その時の事はよく覚えていないだろうが、その感触だけは確りと手に残っているだろう。これは経験談だ。


「…………私、この世界に来た時……怖かったんです。いきなり銀色の光に吸い込まれて、起きた時には全然知らない場所で…………突然救世主って言われて持ったこともない剣なんか持たされたと思ったら、すぐに毎日訓練ばかりで……………」


声が震え始める。私はナギ殿に答えを返すことができない。


「……誰も私を見てくれないんです。……皆が見ているのは‘私’じゃなくって、‘救世主’っていう‘何か’なんです」


「………どうして私だったんですか……? 他にもいっぱい人はいるのに……………何で…………」


ナギ殿は更に強く自分の体を抱き締めた。

小さい背中には、いつもの明るさも元気も全くない。暗い暗い恐怖と悲しみが、のし掛かるように纏わりついていた。


…………だが、私にはそれをどうにかすることはできない。それは他人に言われてどうにかできるものではなく、自らがどうにかしなければならないものだからだ。


「……すまんな。ナギ殿。それは私にはどうすることもできん」


私が言うと、ナギ殿は少しだけ顔をあげて私を見た。


「……あはは。やっぱりディオさんは優しいです」

「……そうか。ナギ殿がそう言うのならそうなのだろう」

「はい」


無理矢理に笑っているナギ殿に、私は思った通りの言葉を返す。

それにナギ殿は、まるで返答がわかっていたかのようにすぐさま返す。


「……知ってますか? この世界に来て、一番最初に私を見てくれたのは……ディオさんなんです」


……確かに、私は最初からあの場に居た。そして恐らく、始めにナギ殿と話をしたのも私だ。

その時にはもう私はナギ殿を救世主ではなく一人の特殊な力を持つ少女だと見ていた。力も存在も性格も、全て纏めてナギ殿だと。


「……一番始めに厳しいことを言ってくれたのも、一番始めに私の心配をしてくれたのも、私の一番近くに居てくれたのも…………みんな、ディオさんなんです」


急に大きな力を持ってしまうと、殆どの者が驕ってしまう。だから私はその驕りを叩き潰すために、本気になったナギ殿を剣のみで叩き伏せたし、その後にそういった話を周囲の失敗談と共にいくつか話しもした。

ナギ殿がそれなりに強くなってからは私と元団長、副団長ぐらいしか相手をできるものが居なかったので、大抵私が相手をしていた。


「……ディオさんにとってはどうでもいいことかもしれませんけど―――



ナギ殿は、涙を浮かべたままの瞳を私に向ける。



―――ディオさんは、ずっと私の支えだったんです」



  救世主、寺島渚の闇。



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