異世界編 2-40
ふっ、と目が覚める。いつもの私の部屋の天井とは全然違う灰色の天井が目にはいる。
……ああ、そっか。やっぱり夢じゃないんだなぁ………。
少し前にディオさんに受けた説明を思い出す。
いきなり異世界に召喚されて、魔王を倒さなければ元の世界に帰ることができないと言われた。それも確実に帰してくれるわけではなく、あちらの意思次第で。
それを聞いて私は―――
ここまで思い出して、私は急いで記憶に蓋をしようとする。
けれど一度思い出し始めた記憶はそんな蓋では押し止めることはできなかったらしく、次々に情景が流れてくる。
わんわんと子供のように泣いている私。
困った顔をしながらも、私を抱き締めてくれたディオさん。
ディオさんの腕の中で泣き続ける私。
ディオさんの柔らかな心音に包まれ、ついには眠ってしまった私。
………泣き疲れて眠るとか……子供か私は………っ!!
確実に顔が真っ赤になっているだろうけれど、全力で無視を……できない。
頭を抱えてその時の記憶を消し飛ばそうとするけれど、思い出す度にどんどんどんどん記憶が刻み付けられて行くような感じがする。
………おもいっきり頭を叩きつければ忘れられるかなぁ……?
「……とりあえず、頭を叩きつけても痛いだけだと言っておこう」
「ふぇぃっ!?」
その声が聞こえた方向に首を向ける。コキッという音が聞こえたような気がしたけれど、そんなことは無視。
そして私の視線の先には、当たり前のようにディオさんが椅子に座って私を見ていた。
「……あの……いつから見てましたか………?」
「……」
ディオさんは私の問いに無言で私の手元を指差した。
…………あれ、この毛布って……?
広げてみる。白地に金色の糸で大きく十字架が描かれている。
裏を見てみるとそこは綺麗な紅で、同色の糸でよくわからない模様が描かれている。
そして少し狭くなっている片側を見てみると、銀色の留具が目にはいる。
……つまり、これは毛布ではなくマントだ。しかもかなりの高級品。
………そう言えば、これと同じものをディオさんが着ていたような……。
ディオさんを見てみる。マントをつけていない。
手元を見てみる。マントだ。
……つまりこの手にあるマントは、おそらくディオさんの物。何故私が持っているかは……眠ってしまった時に掴んだまま放さなかった?
…………どこまで子供だ私は…………っ!!
しばらく待ってようやく起きたナギ殿は、少しの間宙を見つめていたかと思うといきなり赤面し、ぶつぶつと何事かを呟き始めた。
内容は、基本的に
「ぅぁぁあぁあぁぁ」
や
「ムリ、いやいやいやダメムリほんとムリぃぃぃ……」
などの奇声であり、たまに
「子供か!私は三ちゃいの子供か!」
などの意味のある言葉が混ざる。
正直、見ていて面白い。
「…………おもいっきり頭を叩きつければ忘れられるかなぁ……」
……いやいや、私も昔やってみたが、記憶が消えるより先に生死の境をさまよったので辞めておいた方が良い。
そんなことを考えながらも私はナギ殿の反応を楽しむべく言葉を探す。
……ああ、母さんがたまに突拍子もない冗談を言う気持ちがわかったような気がする。
何度かナギ殿をからかいながら説明と疑問の解消をして行く。わからないところはわからないと言うつもりだったが、今のところそのような事は無い。
ナギ殿の質問は実に多彩だった。魔術の有無。この国を含めた世界の状況。金銭について。宗教について。魔術の詳細。魔術適正について。異世界に来たことによる変化について。等、実に様々。
中でも魔術に興味を持っているらしく、異様なまでの熱意を見せていた。
そこで本人に一つ魔術を教えてみたところ、すぐさま使いこなして見せた。才能はあるらしい。それも桁外れの物が。
「わ、わわ、光った!」
「……照明の魔術が成功して光らないなら、その魔術は不良品か使った本人に魔力が欠片も無いかのどちらかだと思われるが」
「あ、確かに」
やれやれ。
……だが、まさか一度で成功するとは思っていなかった。通常なら魔力の流れを感じとるだけで数ヶ月、長くて数年もかかることがあるものだが、ナギ殿は数分で理解を見せた。
……これが天性の物か召喚による後付けの物かは知らないが、おそらく魔王を打倒するのに重要な能力だと言えるだろう。
……恐らく魔王を打倒した後は帰還を餌に人間同士の戦争に協力させられるのだろうな。そして最後に英雄として祭り上げ、暗殺でもするのだろう。
正直に言って胸糞悪い。これだから中途半端に権力を持った腐った貴族は嫌なんだ。
………やれやれ。前途多難だな。
ああ、そう言えば当たり前すぎて言い忘れていたな。
「……他にもあるが、今回はこれだけだ。魔力を使いすぎると死ぬから使いすぎないように」
軽く脅かしてから外套を返してもらう。そろそろ私も眠い。王への報告は………まあ、明日でも構わないだろう。
私はそう結論付けて、治癒室を後にした。
簡単な状況説明とその後の事への思考。