異世界編 2-38
この国に来て数年。成人と同時に騎士団の団長にされたことには驚いたが、まあなんとかやっていっている。
……それにしても母さんの言っていた通り、国の上層部はドロドロだな。主に腹の中身が。魔王が全世界に宣戦布告してきた今になっても自分の利益のことしか考えていない馬鹿と、理想と現実の擦り合わせが上手くできずに理想を並べたてる馬鹿ばかり。
……やれやれ。これで一人も現実を見ている者がいなかったなら、使い潰される前に騎士団を纏めて反乱でも起こしてやるつもりだったが、そういった者がいるのは上の中あたりにしかいないのが幸いだった。
……もし反乱をするとしたら魔術師団は………まあ、上手くすれば協力してくれるだろう。騎士団との仲の悪さがポーズのようなものだとわかったことだし。
競い合う相手が居ると言うのは良い事だ。
魔王の宣戦布告があってから神官が創造神アリバシーヤに伺いをたてたところ、あの魔王の力は神の力を越えて強くなっていて、この世界の存在では手出しができないと言われたらしい。
しかし、それはこの世界の中での話であり、外の世界から才能のあるものを連れてきて鍛えれば魔王を倒せる可能性が出てくるらしい。
……そんなことをしなくとも母さんならあっという間に叩けるような気がするが………まあ、何も言わないでおく。
……すまないな、異界の者よ。お前に全く関係のない世界の戦争に巻き込んで。
いままでどのような暮らしをしていたのか、どんな相手かも知らないが、謝らせてくれ。
召喚の準備にかかった時間は丸二年。私はもう既に二十一歳になり、数度目の大会優勝をしてきた。
……まあ、それでも母さんたちに勝てる気はしないが、それでも少しは強くなったのではないかと思う。
「さあ、召喚を始めてくれ」
王が魔術師団長に命じ、魔術師団長は詠唱を開始する。
詠唱が進むにつれて地に描かれた魔術式が輝きを増してゆく。
そして最後に一際眩しく輝いたと思うと、そこに誰かが―――
黒曜石のような、黒く、しなやかな髪が目に入る。
意識は無いようだが、恐らくその瞳は髪と同じように黒いのだろう。それが私には簡単に想像できる。
最近は見ていないとは言え、全く同じ色を十五年近くも見てきたのだから。
その少女は、私の母さんと同じ色を持っていた。
フルカネルリだ。この挨拶は実に久々だが、今はそんな事を言っているような時間は無い。この世界の寿命が一気に縮まりかねない事が起きているからな。
《面倒なことになったネー。あの駄神は何考えてるんだロー?》
『……どうせ、下らないことよぉ………わたし達を、排除するとかぁ……ねぇ………』
あの駄目神なら有り得ないことではないな。
違った。どうやら今まで魔王を放っておいたツケが来ただけらしい。
……だが、そのツケすらもあの駄目神は払おうとはせずに他の世界の者を無理矢理に呼び寄せて魔王を倒させようとしているようだ。
《救いがたいネー》
『……なんなら、わたし達が滅ぼしてみるぅ……?』
いや、わざわざあのような奴を相手にしてやることもないだろう。向こうから来たら反撃するだけで十分だ。
……まあ、一応言っておくとしようか。
ようこそ、私とはまた違う異界からの客人よ。
これからお前には多くの困難が待ち受けているだろうが、精々頑張って生きていってくれ。
それと、どうしても帰りたくなった時は私の所に来ると良い。お前の住んでいた世界への道は駄目神がさっさと閉じてしまったが、場所は記録した。ぴったりお前の居た世界に帰してやろう。
…………まあ、そう言った所で聞こえはしないだろうがな。
ディオに貼り付けた楔の術式から召喚用の魔術式を解析する。完全にランダムで外の世界から誰かをつれてくる術式を改変してこちらから外の世界に送り込む術式を練り上げる。ランダムならば今でもできるが、狙った世界に送るとなると少々手間がかかる。
まあ、できないことはないだろうとは思うが、一応実験はしておかねばな。
《何をするのかナー?》
なに、そこらにある石や自殺志願者を実験台にして術式を使えば良いだろう。妙な言い方だが、本番ほど練習になるものはない。
『……そうよねぇ……』
と、言うことで実験開始だ。向こうの世界に着いたは良いが死体になっていたり怪我をしていたり、そもそも着かないと言う事態はなるべく避けるようにすべきだろう。
その方が私も楽しいし、上手く行けば今度から自分の力で世界間移動ができるようになるかもしれないという考えもあるが、なんにしろやるからには全力で挑むとしよう。
フルカネルリさん、実験開始。