異世界編 2-34
三回戦、四回戦と戦ったが、どうも一回戦の相手ほど強くなかったらしく大した手間ではなかった。
ただ、五回戦……つまり決勝戦の相手はそう簡単にはいかないだろう。少なくとも一回戦で戦ったイザック=ネルゲイと同等かそれ以上の相手であるはずだ。
なにしろその相手こそ、前回の優勝者でありこの国の誰もが(基本的に仲の悪い魔術師すらも渋々ではあるが)認める王国最強の男。アルフレッド=ハーウェスだからだ。
武器から見てあまり速度は無いような印象を受けるが、おそらくそんなことはないだろう。少なくとも鈍重な攻撃だけを繰り返すような者が最強の座に付くことができるとは思えないし、速度を補えるほどの堅固さと一撃当たれば終わるという威力を両立させるような者でなければそういった戦法すらも取れない。
つまり、最低でも全体的にはイザック=ネルゲイと同等の速度とスタミナの持ち合わせがあるということが予想できるわけだ。それにあわせて早々抜けないと有名な防御と鎧、そして体術の上手さ。強敵だろうな。
……正直、母さんよりはましであることを祈るしかない。
母さんの場合、全身の力を振り絞っての攻撃を体に受けても傷一つない上に細い鉄の棒で思い切り鉄塊を叩いたような衝撃がこちらに来る。体勢を崩しもしないし反撃までしてくるのだ。勝てる気がしないと言うか無理。色々と無理。
まあ、こうして食らってくれること自体が全くと言っても良いほどに無いが。まず避けられるか流される。そして反撃を食らう。
…………何で全力で強化した俺の速度に素で付いてこれるんだろうな? 本当に人間なのか?
全身鎧で無精髭のこの人がアルフレッド=ハーウェス。固っ苦しい気配がするので冗談が通用しなさそうだ。こういう人間はあまり得意ではないが、けして苦手ではない。ただ、やりにくいだけだ。
互いに何も言わずに剣を抜き、構える。今回は相手が大剣ということを考えて突きではなく払いが出しやすい形にする。大剣の一撃を真正面から受け止める何てことは馬鹿か止められるという自信のある奴しかやらないだろう。ちなみに私はその方が楽だから払うようにしている。
……試合が始まった。
「……私はアルフレッド=ハーウェス。ランドリート王国騎士団団長だ」
「……やれやれ面倒だな……ただの旅人だ。ディオと呼んでくれ」
二人はそれだけ言うと、両手に持った剣を握る手に力を込めた。
始めに仕掛けたのは、武器の間合いで劣るディオ。高速で近付いて剣を振るうが、アルフレッドの持つ大剣に弾かれる。
突きで無かったとはいえ、自分の武器より遥かに軽い武器の速度に付いてくる。それだけでアルフレッドの実力がかなりの物だと理解できる。
しかしディオも弾かれた勢いを利用して再び逆方向から剣を振るう。そして再び大剣に弾かれる。
今度は大剣が高速でディオの頭を縦に割ろうと振るわれるが、大剣の横腹に剣を叩き付けて軌道を逸らせる。
お互いに避けようとはせず、ただひたすらに剣を振るう。
攻めるために、防ぐために、何度も何度も繰り返す。
「……これだけやっても折れないか……いい剣だ」
「そっちのも。こいつと打ち合ってよく斬れないな」
「誰の作だ?」
「母さんの手作りらしい。曰く、とても普通な研究者作の丈夫な剣だと」
剣を打ち合いながら言葉を交わす。打ち合う音が五月蝿いのに、なぜかこの二人の言葉だけは邪魔されることなくお互いの耳に届いた。
「そうか。………お前、騎士団に入ることを考えないか? お前ほどの腕なら歓迎するぞ?」
「いきなり勧誘か? ……まあ、どうせ行くとこもないし、考えておくとしよう」
ニヤリと笑い合い、口を閉じる。ここからは更に速度が上がって行く。
二人共に避けるような素振りが全く見られなくなる。そして急に武器のぶつかりあう音が轟音に変わった。
まるで一度ぶつかるごとに鐘を突いているような音が響き、振るえば風切り音までもが観客の耳に届く。
「……おいおい。俺の時は本気じゃなかったってか?」
「おや、イザックじゃないか。アイツには許してもらえたのかい?」
「……頼む。思い出させないでくれ…………」
「…………ああ、御愁傷様」
その答えでおおよその想像がついたようで、アクトリウムはイザックの頭を撫でながら苦笑する。
「……野郎に撫でられて喜ぶ趣味は無いぜ?」
「安心しなよ。僕にはある」
「………………は?」
「冗談。びっくりしたかな?」
アクトリウムはクスクスと笑った。
「……おい、ほんとにそういう趣味無いんだろうな?」
「あ、アルフレッドの勝負終わったみたい。あの子魔術も使えるんだね」
「無視すんなコラ」
観客席での出来事。
「おい、本当に無いよな? 本当に無いんだよな!?」
「あっはっは。無いんじゃないかな?」
「無表情で笑うなよ感情込めろよ怖えんだよ!!」