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異世界編 2-33

 

今日は一回戦のみで終了。私の知らない技や魔術がいくつもでてきたため、それの対策を考える。

「いかがですか?」

「美味しいですよ、タルウィさん」

ああ、美味しい料理はやる気と元気の源だな。母さんも不味い料理と美味い料理、栄養価が同じなら当然美味い方を取った方が研究の効率も上がると言っていたし、実際不味い料理ばかりだとやる気が失われて行くのがわかる。

「……ん、美味い」

私の言葉を聞いたらしいタルウィさんは、嬉しそうにニッコリと笑顔になった。


食べ終わってから武器の状態を確認する。が、

「……皹どころか歪みも刃こぼれも全く無いって………」

そうなのだ。あれだけの速度でかなりの回数打ち付けあったと言うのに、この剣には刃こぼれ一つ見当たらない。

それもあの槍はかなりの魔装であり、今までどれだけ荒っぽく使ってきたのかは知らないが一度も皹が入ったことが無いといった事を口にしていた。

それに皹を入れるような威力を出したと言うのに、こちらは全く堪えていないように見える。

……流石は母さん。妥協しないね。

剣を鞘に入れ、私は故郷の母を想った。

………そう言えば、母の名前はなんだったかな。いつも母さんとしか呼んでいなかったせいで全くわからない。ついでに年もわからない。なんと言ってもあそこの住民は基本的に長命である上に老化が遅い者が多く、小さな獣ですら私より長く生きているということもざらにあったから外見からの予測は全くできない。島で最も長生きな者は母だと聞いているが……まあ、あの母なら一万年生きていると言っても信じられるな。


一回戦は全て終わっているので今日からは二回戦が始まる。今回の私の相手は私と同じような剣を持っている男。名前は知らないし覚えていない。当然覚える気も特に無い。

それに、これを覚えていても仕方が無いだろう。面倒なことになるくらいだろう。

貴族のお坊ちゃんには馬鹿が多いと聞いたが、これはどうなのだろうな。意味も無く威張り腐って反感を高値で買う馬鹿か、黒い中身を嘘の仮面で隠しきれている嘘吐きか、それともそれ以外か……。

そう考えながら始まった試合だったが、昨日のあの槍使いの男に比べると未熟も良いところだったのですぐに終わった。剣を払い、相手の懐に潜り込むと同時に鳩尾に抜き手を一発。昔私も母さんにやられたことがあり、あまりの痛みに気絶してしまったほどのそれを一発。

……どうやら口だけと言うわけでもなく、それなりの力を持っているようだ。おそらく近場に自分より強い相手がいなくなったため、純粋に強い相手を見に来ただけらしいな。あわよくば優勝するか、負けたとしても強そうな者に顔を覚えてもらうことくらいはできる。それどころか弟子入りを頼むことすらできるだろう。

……つまりこの貴族はあれだ。バトルジャンキー。しかも脳筋じゃなくって頭のいい馬鹿。しかも自分の限界を理解して限界まで突っ込んでくる型の。

ちなみに私はどちらかと言うと感情的な慎重派、だがよく暴走するため、母さんからは頭は良いが要領の悪い馬鹿等と言われている。誉め言葉ではないよな。

ちなみに母さんにそう聞いてみた時には

「確かに誉め言葉には聞こえないかもしれんが、この世界には馬鹿だからこそ解決できる事というものがある。覚えておくといい」

と言われた。よくわからなかったが、一応覚えておいた。

母さんの言葉に間違いはない――とは言わないが、今までに言った言葉の中に嘘がほとんど無かったのは事実。たまに冗談を言ったりもするが、とても優しく、可愛らしく、厳しい母だ。

……本当に今更だが、名前くらい聞いておけばよかった。

私はそんなことを考えながら、銀の匙亭の柔らかな布団に潜り込む。

…………よし。次に母さんに会ったときに名前を聞こう。そうしよう。






階段を上っていくディオさんの背中を見つめる。最近、ふと気が付くとあの人の姿を追っている自分が居ることに驚く。

しかし私はそれを表に出すことをせずに、掃除と洗い物を始める。

ディオさんがここに泊まるようになってから、毎日のようにこの宿に来て色々なところを荒らしていたあの人達は来なくなった。それだけでずっと気が楽になる。

私にはわからないけれど、きっとディオさんが始めに外出した時に何かしたのだと思う。

けれど私は何も言わずに、ディオさんをもてなす。

きっともうあの人達はもうここには来ないだろうし、うまくすればまたお客さん達も戻ってきてくれるかもしれないけれど……私はこの店を閉めるつもりだ。

だから最後のお客さんであるディオさんには、最高のおもてなしと、できることならば最高の思い出を持っていてほしい。

この店がなくなっても、あの人だけでいいから覚えていてほしい。この場所に、銀の匙を看板に掲げた宿があったということを。

たとえその名前を忘れてしまっても、私のことを忘れてしまっても、この場所に宿があったということだけは………どうか、覚えていてください………。

私は神様に祈る。今までは何度となく呪ったくせに、それでも祈る。

……さあ、お仕事を再開しよう。ディオさんに喜んでもらうために。



  健気なタルウィさん。




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