異世界編 2-31
戦争と戦闘の違いとはなんだろうか。
私の中でのこの二つは、規模の大きさで分けられるものだと思っている。少なくとも軍単位のぶつかり合いからが戦争で、子供の喧嘩や決闘のような個人戦は戦闘だと思っている。
ここでいきなり話は変わるのだが、一人軍隊と言う言葉を知っているだろうか。
それは一人の圧倒的な戦闘力を持つ者が、たった一人で軍と同じかそれ以上の戦力に計算されているような状態によく言われるものだ。
つまり、千人からなる軍を一人で相手取ることができるような実力者の事をこう呼ぶことがあると言うだけの事だ。
……さて、話をころころと変えて申し訳ないが、少々今の私達の状態についての質問だ。
私達が今行っているこれは、果たして小さな戦闘だろうか? それとも戦争の域に入るのだろうか?
……いや、確かに私と相手の一騎打ちなのだが、もはやこれをただの一騎打ちと言ってはいけないような気がしてな。
一人軍隊同士の戦いは…………どちらになるのだろうな?
「――それでは、第七試合の選手を紹介したいと思います!まずは火の門より、あの有名ギルド、バロネッツの副団長にして最速の槍の名手と名高いイザック=ネルゲイ選手!」
司会が俺の名を呼ぶのと同時に闘技場に入る。すると周りの客が一斉に大歓声をあげた。うるせえ。
「イザック選手は前回・前々回とこの大会に出場し、常に好成績を残して来ており、優勝候補の一人と言えるでしょう!サイン下さい!」
また歓声。だからうるせえって。もう少し静かにしてくれや。あとサインは勘弁だ。面倒なんで。
「……対するは、水の門よりディオ選手です!」
俺の時とは違い、かなり少ない拍手に迎えられてあのガキが出てきた。
「ディオ選手については全く資料がございません!出身、年齢、戦法、全てが不明です!」
客どもがざわざわとしているが、今の俺の中には入ってこない。
「選手の紹介が終了しました!それでは、一回戦第七試合……」
俺は槍を構え、腰を落としてガキを見据える。対するガキは背中の獲物を抜くと片手で胸の前に手を置き、切先を俺に向けると言うレイピアのような構えをとった。
………つまりあれか? このガキは俺と突きの速度で勝負しようってのか?
ビリビリと空気が引き締まる感覚。殺意は感じねえが、その代わりに異様な気配を感じ取れる。
……良いぜ? その勝負、受けてたってやろうじゃねえか。
司会が開始の合図を出すまでの時間が長え。イライラしてくるほどに。
そしてようやく、司会の口が動き始める。
「――開始!」
それと同時に俺はガキに向けて突っ込み、ギリギリ俺の間合いに入った瞬間に槍を突き出す。
それは一直線にガキの喉元へと奔り、ガキの喉を貫こうとした所で剣で正面から弾かれ、逸れた。
突き切った所から風が溢れ、矢のように飛んで行く。
しかしそれすらも首を捻ることで避けられた。
「今のは、風の槍?」
「ああ。まさか初見で避けられるとは思ってなかったぜ」
「……まあ、似たようなのを見たことがあるから」
そしてまた俺が突き、ガキが槍を弾く。しかも一回目以降は風の矢すら初めから当たらないように。
……このガキ、マジでやりやがる。
速度を上げてもついてくる。狙いを散らしても追い付いてくる。槍の突きが剣の突きに弾かれる時の火花で視界は良好とは言えないし、五月蝿くなり続ける金属音で耳が痛くなってきやがる。
だが、それでも楽しい。まさか団長とアルフレッドの奴以外にここまで強え奴が居たなんざ、全く想像していなかった。
更に速度を上げ、自分でも手が霞むほどにまで速度を上げてもそのガキはまだついてくる。
……そんならいっちょ、後先考えねぇ全開でやるかぁ!
おお、早い早い。素晴らしい速度だ。
風の槍を使っているため軽くて丈夫と言う所と、さらにそれから発射される風の魔術が厄介だが、ハヴィ姉さんが同じような武器で近接中距離遠距離問わずの弾幕攻撃を避けるか打ち落とす訓練をしていなかったら多少危なかったかもしれないな。
真正面からやるのではなく擦らせるように弾いているためあまり重さは感じないが、正面から受け止めたら恐らく衝撃が強く弾き飛ばされることもあるだろう。
……む、まだ速度が上がるのか。だが、全て見える。この程度で見えなくなっていたら、私は確実にここにはいない。
が、辛いものは辛い。右手一本であるため疲労も早い。まだしばらくは続けられるが、一応早めに決着をつけた方が良いだろう。
……ならば、ここからはこちらからも上げて行くとするか。
戦いは加速する。もはや素人には二人の腕から先は霞んで見えていないし、見物に来ていた騎士や魔術師、それに冒険者達も何が起きているかはわかっても殆どが残像か実体かの区別が付かないほどの速度。
そこから更に加速する。もはやそれを‘観戦’できているのは僅か三人だけになっていた。
そのうちの一人、魔術師アクトリウムが隣の男に向けて呟く。
「……君なら勝てる?」
それは、自分が戦った場合、確実に負けると予想しての言葉。弱音にも似たそれを、言葉を向けられた男は鼻で笑う。
「知らん。あれが本気ならばまだなんとかなるが、あれは明らかに本来の戦い方ではないだろう」
そう返された言葉にアクトリウムは目を見開く。この男が――ランドリートの騎士団長であるアルフレッド=ハーウェスが、まさかそんな言葉を返すとは思っていなかったと言う顔だ。
「……何を不思議そうな顔をしている。世界は広い。私でも勝てるかどうかわからぬ相手など、掃いて捨てるほど居るだろう」
「最強と名高い騎士団の団長に勝てる相手が掃いて捨てるほど居てたまるか」
アルフレッドの言葉にアクトリウムがズバリと返す。
実際、アクトリウムはこの男が負けた所を見た事がなかったし、そんなことができる相手を想像することができなかった。
しかしそれでもアルフレッドは変わらずに言う。
「いや、少なくとも一人。そしてその人が言っていたことが正しいのならば更に二人、私より強い者が居る」
「うそぉ?」
「……恐らく、本当だ。少なくとも私はまだ短剣一本で重装備の三千人の軍は相手取ることはできない。無論、防具は無しだ」
それを聞いたアクトリウムはしばらくぽかんとした顔でアルフレッドを見つめて、
「……それは、人間?」
そう呟いた。
その問いにアルフレッドは苦笑と共に答える。
「さてな。本人は人間だと言っていたが、実際はどうなんだろうな?」
「名前は?」
アルフレッドはすこしだけ考える素振りを見せて、それから一言で答えた。
「フルリ=カーネルだそうだ」