異世界編 2-30
勝ち抜き戦は計五回。一度負ければそこで終了。ただし準々決勝からは負けた者同士の戦いもあるようだ。
勝ち抜いて行った者同士の戦いを本戦、負けた者同士の戦いを順位決定戦と言い、たとえそれで最下位だったとしてもこの大陸で八番目に強い者として見られるようだ。
賞金は本戦出場者なら最低でも金貨で十枚は貰えるようで、そこから勝ち上がる度に増えて行くらしい。
つまり私はこの時点で金貨十枚は確実に貰えるわけだ。……死ななければ。
とりあえず、他の出場者達を観察しておく事にする。あまり苦戦しそうな者はいないが、それでも数人は中々に強いと思われる。
まずはすぐ近くに居る槍を持った背の高い男。私より頭一つは大きい。……いや、実際は周りの者達全てがその程度はあるので私の背が低いのだと思うが、その辺りは置いておく。
その男は明らかに軽装ではあるが、それは関節などを固めず動きやすくし、攻撃を弾くのではなく避けることでダメージを食らわないようにしてあるようだ。
その証になるかどうかはわからないが、その体は見える筋肉ではなく見えない筋肉が多いようで、まるで母さんが作った鉄の糸で編み上げられてできているロープのようにしなやかだった。
そしてもう一人。肉厚の大剣を背負い、筋肉質な体を全身鎧で隠した男。
こちらは恐らくある程度攻撃を食らうことを前提とした戦法をとるのだろう。そしてその上でそれらの攻撃を鎧で弾き、大剣による一撃を食らわせる。
筋肉質な体はたとえ鎧がなくともある程度の攻撃を弾けるようにと鍛え上げられているらしく、ぎっちりと限界まで中身が詰まっている筋肉は鎧と擦れる度に何故か金属同士をぶつけ合わせたような硬質な音を立てていた。
……いや、鎧同士がぶつかっている音ではなく、本当に筋肉と鎧がぶつかっている音だ。冗談のようだが本当の話。
それと、前の二人とは違う方向で強く見えるのが一人。槍の男と同じように軽そうな鎧をつけている………恐らく男。
どうやらこちらは魔術師寄りらしく、素の身体能力はあまり高くはないように見える。
それでもこの大会でここまでこれていると言うことはそれだけの戦闘センスと身体能力の低さを補う強化、または詠唱の速さを持ち合わせているのだろう。
……もしかしたらどちらも持ち合わせた上でさらに奥の手があるのかもしれないが、私は母さんではないので流石にそこまではわからない。
そして最後に初めの方に呼ばれていた双剣使いとそのすぐ後に呼ばれた槍使い。
どちらも速度を重視した体つきをしており、特に双剣使いの方は瞬間の移動速度に、槍使いの方は突きの速度に目を見張るものがあるだろうと予測できる。。
魔力による強化を含めればの話だが、素の私より速い可能性がある。
……あまり強い相手とは当たりたくないな。強い者は強い者同士、ぶつかりあって引き分けでどちらも消えてくれるとありがたい。
選手全員の紹介が終わり、司会者が籤を引き、出てきた名前を呼びながらトーナメント表を埋めて行く。
……唐突な話だが、この大会は昔々から二年に一度あるらしい。そして前回の優勝者の名はアルフレッド=ハーウェスと言うらしい。これはタルウィさんに聞いたし、司会者の説明でも言っていたことなので恐らく間違いではないだろう。
そしてその前回の決勝戦でアルフレッド=ハーウェスと互角の勝負を演じ、観客達を熱狂させた槍使いの名はイザック=ネルゲイと言い、この大陸ではギルドに関係がある仕事に就いていて知らぬ者など居ないと言うほど有名なパーティの副団長をしているらしい。
……そして、一回戦第七試合。私の試合の相手の名もイザック=ネルゲイと言うらしい。
…………あれか、あんな事を考えたのが悪かったのか? それとも名前が同じなだけの赤の他人か?
……私の運の無さから言って他人は無いだろうな。恐らく本人だ。
やれやれ。困ったものだ。特に槍が相手と言うのがまた困った。
私の剣は反りが全く無く、厚みも重量もあまり無い。
その代わりに有り余るほどの切れ味と貫通力を持つが、重い攻撃はできないのが特徴だ。正直、母さんはどうやって刃渡り25サンチ程度の短剣であの重みを出しているのかが心底気になるが、できないものはできないので潔く諦めた。
かわりに力尽くで重みを出すようにしたが、そうして出した重い一撃を母さんは短剣で弾き飛ばすのだ。
……せめて流してくれよ。自信無くすだろ?
前にそう言ってみたんだが、その時母さんは
「そんな事で無くなる自信ならさっさと棄ててしまえ、下らない」
だとさ。
……いい母親を持ったよ。
まあ、その事はひとまず置いておくとして、とにかく私の剣は普通の剣よりやや長いが槍ほど長くは無く、槍ほど近接距離の取り回しには苦労しないが普通の剣より扱いにくいという中途半端な仕様なのだ。
そのため槍を相手にするとその間合いを抜けるまでが大変だし、抜けたとしてもこちらの間合いを保つのも難しい。だから私はハヴィ姉さんの相手は苦手だった。
……母さんの場合は逆に間合いを離さなければあっという間に終わってしまうため、逆に相手をこちらの間合いに入れたままそれ以上接近させない戦い方を学べたわけだが。
………おや? もしやこれは母さん達が狙ってそうしたのか?
……有り得るな。
まあ、やるだけやるとしようか。うまくやればなんとか無傷で行けるだろうし。
どうやら相手は武器に破壊不能効果をつけてはいないようだし、大して上等な物でもないようなので突き合わせてやればいつか折れるだろう。