異世界編 2-26
治安はあまりよくないが、ざわざわと騒がしく活気のある町。それが私がこの町に抱いた感想だった。
二日ほどかけてゆっくりと見回ってみたのだが、やはりここも綺麗なのは表通りとそこに面した路地程度でそこから先はやはり酷いものだった。場所によっては死体が転がっている所もあったし、明らかに血の跡であろう染みもそこらじゅうに存在した。
……と言っても私が何かするわけではないが。
それに割りと多くの騎士団と魔術師団の者達が主要な通路の見回りをしているし私は必要ないだろう。
まあ、私が襲われない場合に限るが。
特に何もなく終わった。母さんの作ったチェインシャツは凄い。具体的には動きやすいが防御面では異常と言っても過言ではない程に硬い。切りつけられたら向こうの短剣の刃が折れた。
……母さんが切りつけた時は簡単に切れたような気がするが、母さんだから仕方ない。うむ、仕方ない。
襲いかかってきた追い剥ぎは適当に解体してその辺りに捨てておいた。叫ばれたりして人を呼ばれると面倒なので早めに消えてもらったが、構わんよな?
……それにしても母さんのお手製は凄い。何で切っても切っても切れ味が落ちないんだ?
…………それもきっと、母さんだから、なんだろうな。
ひたすら歩き回ってようやくまだ部屋の空いている宿を発見した。
そこはかなりがらがら……と言うか私以外に一人も客がいない。
しかし私の勘はここの料理は美味く、サービスもちゃんとしていると告げている。何故繁盛していないかは知らないが、私が泊まる分には全く関係がない。
「いらっしゃいませ……お客様……ですよね?」
出てきたのは見た目はハヴィ姉さん程の、少しやつれた顔をしている女性。身だしなみもちゃんとしているし、掃除も完璧。なのに何故ここには客がいないのだ?
……私には関係の無いことか。
「ああ。とりあえず一週間ほど泊まりたい。これで足りるか?」
銀貨を二十五枚出して、その女性に握らせる。
「こ、こんなにあったら3ヶ月は泊まれますよ!?」
そうなのか? ふむ、一月は三十日、三月で九十日、二十五を割ればおよそ27.78で銅貨二十八枚だが3ヶ月はと言ったところから考え、およそ二十五枚と言ったところか?
「まあ良い。それで一週間ほど頼む。少々延びることになるかもしれんが」
私がそう言うと女性は少しだけ明るくなった声で返事をして、それからカウンターの顧客名簿を差し出してきた。
「あの、お名前を……」
「ああ、わかった」
文字を書くのはあまり得意ではないが苦手ではないので、羽ペンにインクをつけて名前を書きいれた。
私の勘は当たっていたらしい。
食事は美味いし接客も確り出来ている。掃除もちゃんとしているようだし、なにより安い。これがここまで安くて良いのだろうか? と言うか、本当に何故この店が不人気なのかが余計に気になってきた。
……うむ、厄介事の匂いがするな。母さんが持ってきた蛍光緑の薬と同じ匂いだ。
いや、確かにあの薬には度々助けられたが、正直に言って私はもうあの薬は飲みたくない。早い味ってなんだ早い味って……。と言うか早いは味なのか? 確かにあれは早い味としか言えない味だが、それでも早い味と言うのは………まあ、いいか。確かにあれは早い味だ。それ以外には表現できん。
それに今はこっちに集中せねば。
やはり厄介事だった。母さんはあんなに運が良いのに何故私はこのようなことに異様に巻き込まれるのだろうか?(フルカネルリの方も大概です)
この宿屋はそれなりに古くからある宿で、この女性が祖父から受け継いだそうだ。
受け継いだ後も平和に宿屋を続けていたのだが、ある日いきなり祖父に金を貸していたと言う集団が現れ、法外な金銭を要求したらしい。
当然その場は突っぱねたのだが、そこからそいつらの嫌がらせが始まったらしい。
悪い噂を流され、店にいつまでも居座って騒ぎ、どんどんと客足は途絶えていった。
そしてさっさといなくなってほしいと金を払うと言えば、前回に言われた額より遥かに膨大な額を突きつけられる。
そうしているうちにどんどんと払えるあてと客は少なくなり、今はこうして寂れているらしい。
(……やれやれ。私もお人好しだ)
そう考えながら立ち上がり、剣を掴む。
「少々外出しますので、夕食の準備をお願いします」
それだけ言い残して、彼はその宿屋を後にした。