2-61
フルカネルリだ。今日は午前中のみ自由行動で、昼食を終えたら帰るそうだ。
《なんていう日程を考えるんダー!?》
まあ、邪神だからな。
《……ボクも一応邪神なんだけどナー?》
知っているが、それがどうかしたか?
《………何でもないヨー》
そうか。
朝の太極拳モドキが終わった後、朝食までしばらく時間があったので内風呂に入ることにした。
大きな温泉もいいが、こういった個人用の小さなものも良い。
私は小市民だからな。
《なんか言ってるヨー》
事実だが?
《……まあ、なんでもいいけどネー》
ならば構わないだろう。
……ふぅ。やはり、慣れないところで眠るというのは……疲れがたまるな。
ちゃぽ……と湯船にたまっている湯が揺れる。
私は、時間になるまでゆっくりと目を瞑る。
……………あと、23分。
湯から上がり、体を拭いて服を着る。
髪がしっとりと湿っているが、気にせずそのまま服を着てしまう。
《体冷えちゃうヨー?》
なに、冷えたら温めればいい。それにどうせ食事が終わったら外の風呂に入る予定であるし。
《まだ入るノー?》
ああ。私はそれなりに風呂好きだぞ? 入れなければ入れないで別に構わないがな。
タオルで髪の水気を吸い取り、最低限乾かしておく。流石に水が滴るほど濡らしておくわけにはいかないし。
最後に髪を纏めて紐の代わりにタオルで縛る。これでよし。
《別に縛ることはないんじゃないかナー?》
どうせまた風呂に入るのだから、その時に新しくタオルを使うこともないだろう?
……さて、そろそろ朝食だな。
朝食が終わり、私は白兎の誘いを断って温泉へ。
……ああ。やはり風呂はいい。体の奥底に溜まってこびりついていた疲れすら溶け出して行くようだ。
《実際はちゃんと疲れは毎日とれてるけどネー》
そうかもしれんが、これは気分の問題だ。実際そうかなどは関係無く、私がそう感じているというだけのこと。
……………はぁ……。
私が全身を湯につけて空を見上げていると、不意にナイアが声を上げた。
《……あ》
……どうした?
《……ンー、ちょっと用ができたかラー、いってくるヨー》
行きなり何を言い出すのかと思ったが、現状を思い返してみる。
私はあまり気にしてはいないが、体は女。そしてここは露天風呂で、上空から……ああ、なるほど。
ニコニコと威嚇するように笑っているナイアに、一応の注意だけはしておく。
狩り終わったら殺さないようにここに連れてきてくれよ? 研究したいし、実験台にもなってもらわねばならないし、それらが終われば知識だけを吸い出して残りをアザギにやるつもりなのだから。
私がそう言うと、ナイアは嬉々として、
《わかったヨー》
と言った。
……自業自得だ。成仏しろよ?
ゆらゆらと空に黒い陰が流れている。
それは、偶然にもこの世界に流されてきた異界の存在。この世界ではそういった存在は力も存在も削られて行き、いつか薄れて消えてしまうのが普通。それに抗えるのは、膨大な力を持ち、世界からの干渉をはねのけても存在を保つことができる最高位、あるいはそれに準ずる神か、それらに等しい力を持つ者。そして、そういった存在から庇護を受けている者のみである。
しかしこの陰は、たいした力を持たないがゆえに力と存在を削られ、それでもなんとか生き延びようとこの世界に流れ着いた異界の存在を食い潰して来た、いわゆる妖魔の成れの果てである。
今回この陰が目をつけたのは、たった一人で風呂に入る少女。
その小さな体には不釣り合いなほどの力が満ちていて、その少女を喰らえばこの世界から脱し、元の世界に戻り、覇権を握ることができるほどの力を得るだろうと、本能的に理解できていた。
………たった一つ。その少女を守護していた人間霊という障害を除けば、それが手に入る。その妖魔は、その事を考えてはゆらゆらと体をよじらせた。
……それは、何もなければその通りに事は進んだだろう。
しかし、この少女は――
《――ぶっ殺すヨー?》
《――焼き尽くしますよ?》
《――灰すら残してやんねえからな?》
《――滅すわよ?》
《――狂わせてあげるね?》
――邪神達のお気に入りであり、庇護対象であり、友人であり、良き理解者であり、親友の大切な相手だったのである。
その妖魔は、フルカネルリの研究室で生涯を終えた。
最後の最後まで痛め付けられ、発狂してもすぐさま正気を取り戻させられ、幾度も幾度も解体と再生を繰り返し、最期に逃げ回っていた人間霊に食い潰された。
力も、記憶も、何もかもを奪われた妖魔は、何も感じること無く、消えていった。
フルカネルリの庇護者たちは最強だという話。ちなみに上からナイア、クト、クトゥグア、アブホース、ヨグソトス。