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クラスの完璧美少女と放課後の音楽室で! 2人の時は甘々に!  作者: ルキノア


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9/24

休日の偶然

土曜の昼下がり。

駅前の商業施設は、平日よりも人が多く、どこか浮ついた空気に包まれていた。


玲はその中心を歩きながら、軽く眉をひそめる。

行き交う人の流れ、絶え間なく鳴るアナウンス、店先から漏れる音楽。

どれも嫌いというほどではないが、好んで身を置きたい場所でもなかった。

それでも家にいる気分じゃなかっただけ。



明確な目的はない。

書店に寄るでもなく、カフェに入るでもなく、

ただ、人の波に逆らわないように歩いていた。


エスカレーターを降り、視線を前に戻した、その瞬間だった。


(……?)


人混みの向こう。

ほんの一瞬、視界の端をかすめた色。


黒髪に、わずかに青を含んだ影。

見慣れているはずなのに、こんな場所で見るとは思っていなかった姿。


気のせいだ、と最初は思った。

学校の外で、あの人に会う想像なんて、していなかったから。


けれど。


立ち止まり、スマホを見つめながら小さく眉を寄せる仕草。

人混みの中でも不思議と目を引く佇まい。


——間違いない。


心臓が、ほんの少しだけ跳ねる。


「……藍原」


自分でも驚くほど、控えめな声だった。

聞こえないかもしれない、と思ったその時。


凛は顔を上げ、きょとんとした表情でこちらを見る。


一拍の間。


「……月城くん?」


名前を呼ばれて、今度は玲の方が僅かに目を見開いた。


凛はすぐに状況を理解したようで、

少しだけ目を丸くしたあと、柔らかく笑った。


「え、偶然……だよね?」


「……うん」


それ以上の言葉が、すぐには出てこなかった。


制服ではない凛は、

学校で見る姿よりもずっと柔らかく見えた。


白いブラウスに淡い色のカーディガン。

髪は後ろで軽くまとめられていて、ポニーテールになっていた。インナーカラーの淡い青が綺麗にグラデーションを見せている。


(……学校の外だと、こんな感じなんだ)


そんなことを考えている自分に、少し戸惑う。


「月城くんも、買い物?」


凛の問いかけに、玲は小さく首を振った。


「……特に」


「そっか」


それだけのやり取り。

なのに、空気がどこか落ち着かない。


凛は一度スマホの画面を見てから、

少し困ったように笑った。


「私も、この後特に用事なくて」


「……そうなんだ」


沈黙が落ちる。

気まずい、というほどではない。

けれど、次にどうすればいいのか分からない、微妙な間。


人の流れに押されて、

二人は自然と歩道の端へ移動した。


「……学校で会うのと、全然違うね」


凛がぽつりと言う。


「こういうところで会うの、なんか……不思議だよね」


玲は頷きかけて、ふと気づく。


(……俺、今、普通に会話してる)


教室では必要最低限。

誰かと話すときも、距離を保つ。

いつしかそんな状態が普通になっていた。


それなのに今は、

凛と二人で、何気ない話をしている。


「……藍原は、こういうとこ、よく来る?」


「ううん、あんまり」


「……意外」


「そう?」


凛は少し首を傾げて、くすっと笑った。


「学校だと、そう見えないかもね」


その言葉に、玲は返事をしなかった。

代わりに、心の中で小さく同意する。


——学校の藍原凛。


完璧で、隙がなくて、

誰からも一目置かれる存在。


けれど今、目の前にいる彼女は、

少しだけ無防備で、等身大に見えた。



人の波が一段と増え、

誰かの肩が凛にぶつかりそうになる。


反射的に、玲は半歩前に出た。


「……危ない」


「え?」


凛が驚いたように目を向ける。

距離が、一瞬だけ縮まった。


「……あ、ありがとう」


凛は小さくそう言って、

少しだけ照れたように視線を逸らした。


胸の奥が、微かにざわつく。


——偶然。


ただそれだけのはずなのに。


この出会いは、

思っていたよりも、心の準備が足りなかった。



人の流れから少し外れた通路に移動すると、

さっきまでの騒がしさが、嘘のように遠のいた。


二人並んで立ったまま、

どちらからともなく歩き出すきっかけを探している。


「……このあと、どうするの?」


凛がそう聞いたのは、

沈黙に耐えきれなかったから、というより——

なんとなく、離れるのが惜しかったからだった。


玲は少し考えるように視線を落とす。


「……特に、決めてない」


「そっか」


また、短いやり取り。

けれど、今度の沈黙は、さっきほど重くない。


通路の先に、

小さなカフェと、その横に並ぶベンチが見えた。


玲は無意識に、そちらへ視線を向ける。


(……このまま、別れるのか)


そう思った瞬間、

胸の奥に、小さな引っかかりが生まれた。


——それでいいのか。


自分でも理由は分からない。

ただ、もう少し、この時間が続いてもいいと思った。


「……あそこ」


玲は、指でベンチの方を示した。


「……座る?」


凛は一瞬、きょとんとする。


「え?」


「あ……」


今さら自分が誘ったことに気づいたのか、

玲はわずかに言葉を詰まらせた。


「……嫌なら、いい」


「……」


凛は数秒、黙ったまま玲を見つめていた。


それから、ふっと笑う。


「ううん。いいよ」


その答えに、

玲はほっとしたように小さく息を吐いた。


ベンチに並んで腰を下ろすと、

さっきよりも距離が近くなる。


「月城くんって」


凛が前を向いたまま、話し始める。


「意外と、誘うんだね」


「……?」


「こういうの」


玲は少し困ったように眉を下げる。


「……意識してなかった」


「ふふ」


凛はそれを聞いて、

どこか納得したように笑った。


「うん、そんな気がした」


カフェから漂ってくる甘い匂い。

遠くで聞こえる、誰かの笑い声。


「学校だとさ」


凛は、指先を膝の上で軽く組みながら言う。


「月城くん、あんまり人と話さないでしょ」


「……そうかもね?」


「うん。近寄りがたい、って言われてる」


「……」


玲は、少しだけ視線を落とした。


「……別に、避けてるわけじゃない」


「知ってる」


凛は即答した。


「なんとなく、分かる」


その言葉に、玲は顔を上げる。


「……どうして?」


「音楽室で話してるとき、そう思ったから」


短い沈黙。


「……藍原は」


「うん?」


「……学校だと、周りに人、沢山いるよな」


「いるね」


「……疲れない?」


凛は少しだけ考えてから答えた。


「疲れるよ」


あっさりとした返事。


「でも……それが普通だと思ってた」


「……普通」


「うん」


凛は小さく笑った。


「でも、月城くんといると、ちょっと違う」


「……?」


「頑張らなくていいかなって」


その言葉は、

静かだけど、確かな重さを持っていた。


風が吹いて、

玲の前髪がふわりと揺れる。


凛の視線が、自然とそちらへ向かう。


(……やっぱり、綺麗)


前に見た、あの青。


でも、今は何も言わなかった。


「……そろそろ、行く?」


凛がそう言うと、

玲は少し名残惜しそうに頷いた。


「……うん」


立ち上がる時、

二人の動きが、また少しだけ揃う。



ベンチを立ったあとも、二人はすぐには別れなかった。


駅へ向かうには中途半端な場所で、

ただ、同じ方向へ歩いているだけなのに、

それだけで時間が続いているような感覚があった。


そのときだった。


凛のスマホが、小さく震える。


「……あ」


画面を見た凛の表情が、一瞬だけ曇ったのを、

玲は見逃さなかった。


凛はすぐにロックをかけたけれど、

通知の一部が、偶然にも玲の視界に入ってしまう。


《今日は帰れない。遅くなる》


差出人は、「母」。


「あ……ごめん」


凛が少し慌てたように言う。


「見せるつもりじゃ……」


「……大丈夫」


玲はすぐに視線を逸らしたあと、

ぽつりと、思ったままを口にした。


「……土曜日も、働いてるんだね」


凛は一瞬、驚いたように目を瞬かせる。


それから、小さく笑った。


「うん。いつもだよ」


「……そうなんだ」


「平日も、帰り遅いし」


さらっとした口調。

でも、その言葉の裏に、少しだけ慣れすぎた気配があった。


「……大変そう」


「慣れてるから」


凛はそう言って、前を向く。


「父は単身赴任で、ほとんど家にいないし」


「……一人?」


「うん」


そこで初めて、凛は玲の方を見た。


「こういう話、あんまりしないんだけどね」


「……俺も」


「月城くんも?」


「……家に、人はいるけど」


言葉を選ぶように、少し間を置いてから続ける。


「……あんまり、落ち着かない」


凛は、それ以上は聞かなかった。

ただ、静かに頷くだけ。


「……似てるね」


「……そうかも」


凛は歩く速度を、ほんの少しだけ落とした。


「私さ」


そう前置きしてから、

いつもより低い声で続ける。


「ちゃんとしてないと、って思っちゃうんだよね」


「……ちゃんと?」


「成績も、態度も、周りからの見え方も」


凛は小さく息を吐いた。


「家に誰もいない分、

 私まで崩れたら、なんか……全部ダメになる気がして」


その言葉は、

学校で見せる“完璧な藍原凛”とは、少し違っていた。


「……だから」


凛は、少し照れたように視線を逸らす。


「音楽室みたいな場所、必要だった」


「……」


「月城くんと話してると、

 ちゃんとしなくてもいい時間があって」


玲は、胸の奥が静かに揺れるのを感じた。


「……それ」


「うん?」


「……俺も、同じ」


凛は、驚いたように足を止める。


「ほんと?」


「……うん」


「……」


凛は、少しだけ目を伏せてから、微笑んだ。


「それ、他の人には言ってない」


「……俺も」


二人の間に、短い沈黙。


けれどそれは、

気まずさではなく、共有した秘密の重さだった。


「……今日は」


凛が静かに言う。


「帰っても、誰もいないから」


「……」


「もう少し、話してもいい?」


その問いかけは、

遠慮がちで、それでいて素直だった。


玲は、少しだけ迷ってから答える。


「……うん」


それだけで、十分だった。


知らなかった凛のこと。

誰も知らない凛の一面。


それを知っている、という事実が、

玲の中で、静かに意味を持ち始めていた。


——まだ、名前のない感情として。

 

 

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