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少し変わる日常

翌朝。

玲が教室に入ると、ざわめきと朝の光が混ざり合ったいつもの空気が広がっていた。


席に向かおうとしたそのとき——

窓際で友達と話していた藍原凛と目が合う。


凛はふっと、いつもより柔らかい笑みをつくった。


「おはよう、月城くん」


小さく、でも確かに玲に届く声。


玲も少しだけ驚きつつ、軽く返す。


「……おはよう、藍原さん」


それだけのこと。

けれど昨日より微妙に距離が近い気がして、玲の胸に小さな違和感が残る。


そのやり取りを見ていた近くの男女数名が、声を潜めてざわついた。


「え……月城くんって、普通に喋るんだ」

「てか藍原さん、自分から月城くんに挨拶した?」

「珍しくない? あの二人の組み合わせって」


玲はそれを聞こえないふりで椅子に座る。

すると後ろから、鞄で椅子を軽くツンと突かれた。


「……今の聞いた?」

「おう。聞き間違いじゃねぇよな?」


低い声が二つ。

山下と加藤だ。二人とも硬い表情で目を合わせた。


「藍原さんが……“藍原さんが”だぞ?

自分から、男に挨拶してんの初めて見たわ」


「だよな。俺なんて同じ班だったのに“おはよう”すら言われなかったのに」


その言い方は軽口ではなく、どこか刺さっていた。


「おい、玲。今の見たぞ」


声の主は佐伯陽斗。

部活男子らしい明るさで、にやにやと楽しそうにしている。


「……何が」


「藍原と挨拶してた。お前、いつの間に仲良くなったんだよ」


「仲良くってほどじゃない。ただ挨拶しただけ」


玲が苦笑しながら言うと、陽斗はさらに怪しむように眉を上げた。


「“だけ”ねぇ……。なにかあったんだろ?」


「だから何もないって」


陽斗は「ふーん」と言いながら前を向いた。

しつこくは追及してこないあたり、彼らしい距離感だ。


一方で、女子たちの視線はまだ凛を追っている。


「藍原さんって、普段男子とはあんまり——」

「うん、女子といるイメージ強い。月城くんって珍しくない?」


玲は内心で頭を抱えた。


(……ほんと、ただ挨拶しただけなんだけどな)


視線の先で凛は——

何事もなかったように友達と話し、ノートを机に広げていた。

昨日の音楽室の柔らかい空気を感じさせない、いつもの完璧で穏やかな“藍原凛”として。


なのに。


ふいにまた視線が合う。


凛は一瞬だけ、昨日と同じ微笑みを玲に向けた。

玲は慌てて視線をそらし、教科書に目を落とす。


「……(なにやってんだ俺は)」


ただ挨拶を交わしただけのはずなのに、胸が少しだけ温かくなる。


周りがどう思うかなんて関係なく——

昨日、音楽室でほんの少しだけ縮まった距離を、

玲自身が誰より強く感じていた。



玲と陽斗が話していると、後ろから小さなざわめきが広がった。


「藍原さんがさ、お前に挨拶してたよな?」


その声は玲の後ろから──山下と加藤のものだった。


「しかもさ、お前も普通に返してたんだけど」

「お前、あんな普通に喋れるんだな?」


玲は教科書を取り出しながら、静かに眉をひそめる。


(……またか。)


そこへ、佐伯陽斗が片手を挙げて乱入してきた。


「お前ら声でけぇよ。玲が困ってんだろ」


「いやだってさ〜陽斗。月城って普段マジ喋らないじゃん?

お前以外と話してるところほぼ見ないし」


「なのに、よりによって藍原さんだぞ? あの藍原さんに朝から挨拶!」


「おい」と玲が小声で制すが、陽斗は笑いながら肩を叩く。


「まぁまぁ。お前ら言いたいことはわかるけどな……。

でも確かにちょっと驚いたわ。玲が“普通に挨拶してた”って」


「お前も驚くのかよ」と玲は小さく呟く。


すると、後ろの二人がまたヒソヒソと騒ぎ始めた。


「しかもさ、藍原さん……なんか声のトーン柔らかくなかった?」

「わかる! いつもよりちょっと優しかったよな」


「お前ら、藍原の声のトーンまでチェックしてんのか……」

陽斗が呆れたように笑う。


「でもさ、月城」

山下が身を乗り出す。

「お前ら、なんかあった?」


玲は一瞬、返事に詰まった。


言葉にしてしまうと、必要以上に意識しているみたいで嫌だった。


「……別に。何もないよ」


その淡々とした答えに、男子たちは「ふ〜ん」と濁した声を上げた。


「でもさ、月城が挨拶返したってだけで、クラス半分くらい空気変わったぞ?」


「マジで存在感強いんだよな、藍原さん」


「それに無口なやつが喋るとさ、なんかドキッとするんだよ。女子も男子も」


陽斗が「確かに」と笑いながら付け加える。


「それに玲ってさ、誰にも見つからないように存在感隠してるみたいなとこあるじゃん。

だから余計にさ。“あ、普通に喋るんだ”ってギャップでみんなびっくりしてんのよ」


玲はため息をつき、机に突っ伏したい気持ちをなんとか堪えた。


「……大げさだって」


「これで明日も藍原さんに挨拶されたら、また騒ぎになるぞ?」


「というか凛ちゃんの友達、もう騒いでたっぽいしな。

女子の情報網はえげつないからな〜」


陽斗がにやにやしながら、肩をすくめた。


「まぁ今日はたまたまかもしれないしなぁ」

 加藤と山下もそのまま自分の席の方へ戻って行った。



 昼休み。

藍原凛は、いつもの友達グループと机を寄せ、軽くお菓子をつまみながら談笑していた。


そんな中、友達の一人──明るめの茶髪にピンクのインナーカラーを入れた結衣がニヤッと笑う。


「ねぇ凛。今朝さ……凛、自分から“おはよう”って月城くんに言ったよね?」


凛は手を止め、少しだけ瞬きをした。


「……ああ、うん。言ったよ?」


その平然とした答えに、結衣ともう一人の友達・瑞希が顔を見合わせる。


「いや、言ったよねーって確認じゃなくてさ!」

「そうじゃなくて、“月城くんに”ってところ!」


凛は紅茶を口に運びながら、小さく首を傾げる。


「そんなに珍しい?」


「珍しいよ!」結衣が即答した。

「だって凛、男子とは基本必要な会話しかしないじゃん。

なのにさ、月城くんにはなんか……声のトーン優しかったよ?」


「わかる!」瑞希が身を乗り出した。「いつもより柔らかかった!」


凛は一瞬だけ目を伏せ、苦笑を浮かべた。


「……別に、普通だよ。挨拶しただけ」


「いやいやいや、普通の挨拶じゃなかったって〜!」

結衣が肘で凛の腕を小突く。

「しかも、月城くんも自然に返してたし!」


「てかさ」瑞希が囁くように言う。

「月城くんって普段、女子どころか男子ともほぼ喋らないじゃん?

あれはちょっとびっくりしたよ。なんか……二人、自然な雰囲気だった」


凛は軽く唇を噛んだ。

否定しようとしたのに、言葉がすぐに出てこなかった。


校外学習

風にふと髪が揺れた瞬間、ほんの一部だけ光に透けた青。


(……綺麗だったな)


その一言が胸の奥に浮かんでしまい、凛は視線をそらした。


友達はその沈黙を見逃さなかった。


「ちょっ、凛。今なんか照れた?」

「やっぱりなんかあるでしょ〜?」


「ないよ。」

凛はやっと声を出した。

「ほんとに。ただ……ちょっと話しただけ」


結衣はにやにやと笑いながら、机に頬杖をつく。


「ふ〜ん? じゃあ、これからも月城くんに挨拶するの?」


凛は少し考えて──素直に頷いた。


「……すると思う。感じ悪いし、挨拶しないのも」


「へぇ〜〜」

瑞希がからかうように声を伸ばす。

「“感じ悪いから”ねぇ? ふふっ」


凛は苦笑しながら、紅茶のカップを軽く揺らした。



 

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