夏休み明けの教室
ガラッ――
教室の扉が開く。
一瞬だけ。
空気が止まった。
視線が集まる。
凛と玲が並んで立っている。
それだけの光景なのに。
数秒遅れて、ざわめきが広がった。
「……え」
「ちょっと待って」
「一緒に来た?」
女子の声が一気に上がる。
凛はいつも通りの顔で言う。
「おはよ」
それだけ。
でも、それが逆に強い。
女子たちが一斉に寄ってくる。
「ちょっと凛!」
「どういうこと!?」
「花火どうだったの!?」
凛は少しだけ笑う。
「朝から元気だね」
「ごまかさないで!」
「ほんとに一緒に来たの!?」
凛は軽く肩をすくめる。
「たまたま同じタイミングだっただけ」
半分本当で、半分違う。
女子たちが「絶対違う!」と騒ぐ。
その横で。
男子たちの視線は、玲に向いていた。
「……おい」
「誰?」
「いや月城だろ」
「マジで?」
「花火大会でもあんな感じだったぞ」
玲はいつも通り、自分の席に向かう。
でも。
視線の量が、明らかに違う。
佐伯が声をかける。
「お前さ」
玲が振り返る。
「なに」
佐伯が笑う。
「雰囲気変わりすぎ」
「花火大会の時もすげえ驚いたけど」
男子が頷く。
「それな」
「髪どうした」
玲は軽く触る。
「なんとなく」
「目見えた方が良いって思って」
男子の一人が言う。
「なんとなくでそれなる?」
軽く笑いが起きる。
でも、その奥にあるのは――
少しの驚きと、少しの認識の変化。
その中に。
山下もいた。
黙って、玲を見ている。
昨日の花火大会のことが、頭をよぎる。
でも何も言わない。
ただ、少しだけ視線を逸らした。
チャイムが鳴る。
担任が入ってくる。
「はい席つけー」
ざわつきが少し収まる。
でも、完全には消えない。
始業式。
体育館。
全校生徒が並ぶ。
校長の話。
長い。
暑い。
でも――
凛は少しだけ、前と違う。
ちらっと横を見る。
少し離れた列に、玲がいる。
まっすぐ前を向いている。
その横顔。
前より少しだけ、見える。
凛は小さく息を吐く。
(ほんとに変わったな)
そう思って。
少しだけ嬉しくなる。
始業式が終わる。
教室に戻る。
椅子の音。
またざわめき。
担任が言う。
「はい、とりあえず落ち着け」
誰も完全には落ち着かない。
先生が黒板に書く。
【文化祭まで あと2週間】
教室が一気に沸く。
「うわ近っ!」
「もう!?」
「やばくない!?」
凛も少し驚く。
「早いね」
後ろから玲の声。
凛が少し振り返る。
「ね」
その自然な会話。
それだけで、周りがまたざわつく。
女子たちが目を見合わせる。
(近くない?)
(普通すぎない?)
(ていうかもう隠してなくない?)
そんな空気。
先生が続ける。
「今日は始業式だから午前で終わりな」
「ことあと軽く学級会やる」
「文化祭の準備の話もするから」
クラスがまたざわつく。
でも今は――
それ以上に気になっていることがある。
凛と玲。
その距離。
その空気。
それが、はっきりと変わっていた。
凛は前を向いたまま、少しだけ思う。
(もういいかな)
隠さなくていい。
取り繕わなくていい。
そう思えたのは――
たぶん。
隣にいる人が、変わってくれたから。
そして。
自分も、変わろうと決めたから。
教室のざわめきは、まだ収まらない。
むしろ。
始業式が終わって、席に戻ってからの方が――
視線は増えていた。
花火大会で会ってなかったクラスメイトも耳にしたんだろう。
担任が教卓に立つ。
「じゃあ学級会やるぞー」
「文化祭も近いしな」
黒板に「文化祭」と大きく書かれる。
「あと2週間だから、準備はさっさと進めるぞ」
「まぁ登校日にある程度方向性は決めてるから内容とか担当とかだな」
クラスが一気に現実に引き戻される。
「えー無理」
「まだ夏休み気分なんだけど」
笑いが起きる。
でもその中で。
別の熱が、静かに回っていた。
――凛と玲。
女子の一人が、ついに我慢できなくなった。
「ねえ」
声を少し抑えながらも、はっきりと。
「花火大会、どうだったの?」
一気に空気がそっちに寄る。
凛は少しだけペンを止める。
「楽しかったよ」
即答。
女子たちが詰める。
「そういうことじゃないでしょ!」
「デートでしょ!?」
「しかも浴衣でしょ!?」
凛は少し笑う。
「情報多いね」
「だって気になるし!」
男子の一人が横から言う。
「お前ら朝からそればっかだな」
女子が即返す。
「そりゃそうでしょ」
そして、もう一度。
「で?」
視線が集まる。
凛は一瞬だけ考える。
それから、あっさり言う。
「だから楽しかったよ」
「2人で見れてよかった」
それだけ。
でも。
その言い方が、逆にリアルだった。
女子たちが一斉に声を上げる。
「やっぱり!」
「付き合ってるんだよね!?」
凛はペンをくるっと回す。
「うん」
あまりにも自然だった。
教室がざわっと大きく揺れる。
男子たちも「マジか」と声を漏らす。
佐伯が玲を見る。
「お前さ」
玲が顔を上げる。
「なに」
「いつの間に」
玲は少し考える。
「夏前くらい」
男子たちがさらにざわつく。
「結構前じゃん」
「気づかなかったわ」
その横で。
女子たちは完全にスイッチが入っていた。
「ちょっと詳しく!」
「どっちから!?」
「いつから仲良かったの!?」
凛は少しだけ困った顔をする。
でも逃げない。
「落ち着いて」
女子の一人がニヤニヤしながら言う。
「でもさ」
「文化祭、どうすんの?」
その一言で、空気が少し変わる。
「どういう意味?」
凛が聞き返す。
「だって」
女子が言う。
「有志で出るって噂あるけど」
「夏休みに2人を学校で見たって子がいて」
視線が、自然と玲に向く。
男子の一人が言う。
「そういえば」
「月城ピアノできるんだろ?」
「夏休みなんか旧校舎の方から聞こえたって」
玲が頷く。
「まあ」
「え、じゃあ出るの?」
ざわつき。
凛は一瞬だけ玲を見る。
玲も少し考える。
その空気。
まだ決まっていないもの。
でも――
女子が言う。
「凛は?」
凛が少しだけ目を細める。
それから言う。
「出るよ」
はっきりと。
周囲が一瞬止まる。
「え?」
「マジ?」
凛は続ける。
「歌う」
その言葉に、空気が変わる。
驚きと、期待と。
少しのざわめき。
男子が言う。
「藍原がステージとか珍しくね?」
女子も頷く。
「たしかに」
「中学のときは色々誘われてたけど出てないよね」
凛は少しだけ笑う。
「たまにはいいでしょ」
そして。
ほんの一瞬だけ、玲を見る。
その視線だけで、分かる。
一緒に出る。
言葉にしなくても、伝わる。
玲は小さく息を吐く。
それから言う。
「俺も出る」
教室が、もう一度大きくざわついた。
「マジ!?」
「やばくね!?」
「それ一緒にってこと!?」
誰かが言う。
「デュエットじゃん」
女子たちが一気に盛り上がる。
「絶対見る!」
「ていうか最前行く!」
男子たちも笑う。
「文化祭それ目的になるな」
その中で。
山下だけが、少し静かだった。
でも。
前みたいな刺はない。
ただ、少しだけ複雑な顔で二人を見る。
凛はそれに気づく。
でも何も言わない。
ただ――
隣を見る。
玲がいる。
それだけでいい。
担任が手を叩く。
「はいはい盛り上がるのはいいけどな」
「クラスの準備もちゃんとやれよ」
笑いが起きる。
でも教室の空気は、もう完全に変わっていた。
凛と玲。
その関係は――
もう“特別なもの”として、クラスに広がっていた。
チャイムが鳴る。
午前で終了。
一気に解放感が広がる。
「帰ろーぜ!」
「飯行く?」
そんな声の中で。
女子たちはまだ凛を囲んでいる。
「ねえほんと詳しく!」
凛は少しだけ困った顔で笑う。
その少し離れた場所で。
玲は静かにそれを見て言った。
「もう隠してないんだから」
「今日くらいは話に付き合ってあげな」
「玲はどれだけ私が質問攻めに合うかわかってないな」
「明日はちゃんと一緒に帰ってよね」
2人が目線を合わせて笑う。
「ラブラブのとこ申し訳ないけど」
「そういう訳で今日は凛借りるね月城くん!」
「お手柔らかにしてあげてね」
文化祭まで、あと2週間。
準備も。
関係も。
まだ、これから。




