終わる夏休み
花火大会のあと。
夏は、ゆっくり進んでいくはずだった。
でも実際は――
思っていたより、ずっと早かった。
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午後の教室。
誰もいないはずの校舎に、ピアノの音だけが響く。
文化祭の準備で、音楽室は開放されていた。
玲たちは飲食店なので夏休み明けの準備期間で間に合うので集まりとかはなかった。
玲が弾く。
凛が歌う。
何度も繰り返す。
「そこ、もう一回」
「うん」
最初より、少しだけ息が合う。
最初より、少しだけ距離が近い。
凛が言う。
「玲、さっきより優しい」
玲が首を傾げる。
「なにが」
「弾き方」
玲は少し考える。
「合わせてる」
凛は小さく笑う。
「知ってる」
それでも言いたかった。
その音が、ちゃんと自分に向いているのが分かるから。
⸻
別の日。
ショッピングモール。
冷房の効いた空気。
凛が言う。
「服見る」
玲が頷く。
「うん」
凛が一着手に取る。
「これどう?」
玲が少し見る。
「似合う」
即答。
凛がため息をつく。
「ちゃんと見て」
玲が少し笑う。
「見てる」
凛はもう一着取る。
「じゃあこれは?」
玲は少し考える。
「さっきの方がいい」
凛が少しだけ満足そうに頷く。
「よし」
そのやり取りが、もう当たり前になっていた。
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夕方。
帰り道。
並んで歩く。
コンビニでアイスを買う。
凛が一口食べる。
「当たり」
玲が言う。
「交換する?」
凛が首を振る。
「これはあげない」
玲が少し笑う。
「ケチ」
凛がすぐ返す。
「これは譲れない」
くだらない会話。
でも、それが楽しい。
⸻
また別の日。
玲の家。
ピアノの音。
凛がソファで寝転がっている。
「……だめ」
玲が止まる。
「なにが」
「眠い」
玲が少し呆れる。
「歌う人」
凛が目を閉じたまま言う。
「五分」
玲は少し考える。
それから静かにピアノを弾き始める。
ゆっくりした曲。
凛はそのまま、本当に少しだけ眠る。
目を開けると。
玲が普通に弾いている。
凛は小さく笑う。
「贅沢」
玲が言う。
「起きた?」
「うん」
「練習する?」
凛は少し考える。
それから言う。
「もうちょいこのまま」
玲は何も言わない。
ただ、弾き続ける。
その時間が、心地よかった。
⸻
夜。
スマホの画面。
《今日ありがと》
凛が送る。
少しして返信。
《こっちも》
短い。
でも。
それで十分だった。
凛は少しだけ笑う。
⸻
気づけば。
夏休みは、終わりに近づいていた。
宿題。
文化祭の準備。
部活の声が遠くで聞こえる校舎。
凛は窓の外を見る。
「早いね」
玲が隣で言う。
「うん」
少し間。
凛は小さく笑う。
「でも」
玲が見る。
凛は言う。
「ちゃんと夏だった」
玲は少し考える。
それから頷く。
「そうだな」
当たり前みたいに、一緒にいる日々。
特別なことばかりじゃない。
でも。
その全部が、ちゃんと積み重なっていく。
そして――
「次は学校か」
玲が言う。
凛は少しだけ笑った。
「うん」
教室。
みんなの前。
あの空気。
あの距離。
それでも。
凛はもう、少しだけ分かっていた。
前とは、違う。
夏が終わる。
でも。
この関係は、終わらない。
むしろ――
ここから、また始まる。
朝。
まだ少しだけ、夏の空気が残っている。
凛は鏡の前に立っていた。
制服に袖を通す。
スカートを整える。
髪を軽く整えて、最後に一度だけ全体を見る。
――いつも通り。
そのはずなのに。
少しだけ、違う気がした。
スマホが震える。
《家出た》
玲からのメッセージ。
凛はそれを見て、少しだけ笑う。
《今行く》
短く返して、家を出る。
玄関を閉めた瞬間。
外の空気が、少しだけ懐かしく感じた。
夏休み前と同じ道。
同じ通学路。
でも――
足取りは、前より軽い。
角を曲がると。
そこに、玲がいた。
壁にもたれて、スマホを見ている。
凛が少し近づく。
「おはよ」
玲が顔を上げる。
「おはよ」
いつも通りのやり取り。
でも。
凛は少しだけじっと見る。
玲の髪。
夏休み前より少し上げている。
完全じゃないけど、目がちゃんと見える。
凛が言う。
「それ」
玲が首を傾げる。
「ん?」
「そのまま行くの?」
玲が軽く髪に触れる。
「ああ」
少しだけ間。
「ダメ?」
凛はすぐ首を振る。
「ううん」
少し笑う。
「いいと思う」
玲が小さく頷く。
「そっか」
少し沈黙。
でも、気まずくはない。
凛が歩き出す。
「行こ」
玲も並ぶ。
通学路を二人で歩く。
前にも何度かあった光景。
でも、今は少し違う。
凛が言う。
「なんか変な感じ」
玲が見る。
「なにが」
凛は少し考える。
「夏休み明け」
「久しぶりの学校」
玲が頷く。
「確かに」
少し間。
凛が続ける。
「でも」
玲が「うん」と返す。
凛は小さく笑う。
「そんな嫌じゃない」
玲は少しだけ驚いた顔をする。
「珍しいな」
凛は肩をすくめる。
「自分でも思う」
少しだけ視線を前に向ける。
「たぶん」
「玲がいるから」
玲は少し黙る。
凛はそのまま続ける。
「前はさ」
少し間。
「ちゃんとしてなきゃって思ってたけど」
歩きながら、少しだけ力を抜く。
「今は」
「学校でも崩れてもいいかなって」
玲が言う。
「もう崩れてる」
凛がすぐ返す。
「玲の前だけね」
玲は小さく笑う。
「光栄」
凛は少しだけ照れたように視線を逸らす。
そのまま、また歩き出す。
学校が見えてくる。
校門の前。
同じ制服の生徒たち。
久しぶりのざわめき。
凛が小さく息を吐く。
「始まるね」
玲が頷く。
「うん」
少し間。
凛がちらっと見る。
玲も同じタイミングで視線を向ける。
どちらともなく、少しだけ笑う。
言葉はない。
でも、分かる。
――大丈夫。
二人は並んで校舎に入る。
廊下を歩く。
見慣れた景色。
でも、どこか新しい。
教室の前で、足が止まる。
扉の前。
中からは、すでにクラスの声が聞こえてくる。
凛が小さく息を吸う。
玲が横にいる。
それを確認して。
凛はドアに手をかけた。
「行こ」
玲が頷く。
そのまま――
二人で、教室の扉を開けた。




