凛の心情と花火大会の約束
玲は、変わろうとしている。
最初にそれに気づいたのは、たぶん私だった。
クラスで話す回数が増えた。
男子グループに少しだけ混ざるようになった。
目線もよく合う。
小さなことばかり。
でも。
それは確かに“変化”だった。
玲は元々、無理に誰かに合わせる人じゃない。
むしろ周りに気付かれないように立ち回っていたように感じる。
だから。
その変化が、余計に分かる。
きっと。
私の隣に立つために。
そんなこと、頼んだ覚えはない。
むしろ。
玲はそのままで良かった。
静かで、落ち着いていて。
ピアノを弾くときだけ少しだけ熱くなる。
そういうところが好きだった。
でも。
それでも。
玲は変わろうとしている。
私の隣に来るために。
今までの玲といる空間が好きだったけど、今努力している玲も好きだった。
何より私のためなら変わってくれる。
その事実に胸が熱くなる。
だから。
今度は。
私の番。
私はずっと“ちゃんとしてる私”だった。
勉強ができて。
周りの空気を読んで。
期待されて。
それを崩さないようにしてきた。
それは嫌じゃなかった。
むしろ楽だった。
でも。
玲の前だと、少し違う。
少し力を抜ける。
少しだけ、だらける。
少しだけ、甘える。
それでも。
玲は変わらない。
受け入れる。
だから。
私は思った。
もし。
玲が隣に立つために努力してくれるなら。
私も。
玲の隣に行きたい。
隣に立ってもらうじゃなくて。
隣に行く。
その違いは、きっと大きい。
文化祭で歌うことも。
全部。
私が選んだこと。
玲がいるから、じゃない。
玲と一緒にいたいから。
窓の外では、まだ夏の空が広がっている。
文化祭までは、もう少し。
その間に。
私たちは、きっとまた少し変わる。
でも。
それでいいと思う。
だって。
隣にいるのは――
玲だから。
それは変わらないと思えるから。
私も玲にあてられて変わっている。
学校でも玲への気持ちを隠せるとは思えない。
いやむしろ玲は私のものだと伝えたい。
玲には言ってないけど私は独占欲が強いみたいだ。
文化祭でそれを見せつけたいななんて
そんな考えもあるけど
玲は気づくかな…なんて。
場面は玲の家に戻る
ピアノの最後の音が、ゆっくりと消える。
静かな余韻が部屋に残った。
凛はその場で小さく息を吐く。
「……疲れた」
玲が振り返る。
「まだ二回しか歌ってない」
凛はピアノ椅子の背もたれに体を預けた。
「精神的に」
玲が少し笑う。
「緊張?」
凛は頷く。
「玲のピアノの前で歌うの、まだ慣れない」
玲は肩をすくめる。
「家だぞ」
凛は小さくため息をついた。
「それでも」
少し間。
「文化祭、これみんなの前なんだよね」
玲が「うん」と頷く。
凛は天井を見上げる。
「今から心臓痛い」
玲が言う。
「凛なら大丈夫」
凛はすぐ横を見る。
「その根拠なに」
玲は普通に言う。
「俺は凛を信じてるから」
凛は少し黙る。
それから、じっと玲を見る。
「玲さ」
「うん」
「そういうの、天然?」
玲が首を傾げる。
「どういうの」
凛は小さく笑う。
「人の心臓にダメージ与えるやつ」
玲は少し考える。
「好きが溢れてるだけ」
凛はため息をつく。
「ほんとどうしちゃったんだかこの人は」
玲が笑う。
凛は椅子から立ち上がった。
「休憩」
玲が言う。
「さっきも休憩」
凛はそのままキッチンの方へ歩く。
「水取ってくる」
玲の家のキッチン。
もう何度か来ているから、場所は分かる。
冷蔵庫を開けて麦茶を取り出す。
グラスに氷を入れる。
カラン、と音が鳴る。
後ろから玲の足音が近づく。
凛は振り返らないまま言う。
「玲も飲む?」
「うん」
凛は二つグラスを用意する。
振り返ると、玲がすぐ後ろに立っていた。
思ったより距離が近い。
凛が少し目を細める。
「近い」
玲は普通に言う。
「狭いからしょうがない」
凛が笑う。
「そういうことにしとく」
グラスを差し出す。
玲が受け取る。
二人でリビングに戻る。
凛はソファに座り、足を少し伸ばした。
玲は壁にもたれる。
数秒、静かな時間。
凛がぽつりと言う。
「夏休みってさ」
玲が「うん」と返す。
「意外と早いよね」
玲が頷く。
「もう半分切ってる」
凛は少し驚く。
「ほんとだ」
少し間。
凛が言う。
「夏っぽいことしてない」
玲が考える。
「ピアノ」
凛が笑う。
「それはしてる」
玲も少し笑う。
凛は続ける。
「海とか」
「祭りとか」
玲がぽつりと言う。
「花火大会」
凛が顔を上げる。
「あるの?」
玲がスマホを見る。
「この辺、来週」
凛は少し身を乗り出す。
「行く?」
玲は少し考える。
「人多そう」
凛が笑う。
「そこ?」
玲が肩をすくめる。
「凛、人混み大丈夫?」
凛は少し考える。
それから言う。
「玲となら」
玲は少し黙る。
凛は続ける。
「夏休みだし」
「一回くらい行きたい」
玲はゆっくり頷く。
「じゃあ行くか」
凛の顔が少し明るくなる。
「ほんと?」
「うん」
凛はスマホを取り出す。
「ちょっと調べる」
数秒後。
「これ」
画面を玲に見せる。
「駅の向こうのやつ」
玲が覗く。
距離が自然に近くなる。
玲が頷く。
「いいんじゃない」
凛が言う。
「結構大きいらしい」
玲がぽつりと言う。
「クラスのやつも来そう」
凛が少し笑う。
「ありそう」
玲が続ける。
「佐伯とか」
「普通に行きそう」
凛は肩をすくめる。
「まあ花火大会だしね」
少し間。
凛が言う。
「もし会っても」
玲が見る。
凛は小さく笑う。
「別に普通にするけど」
玲が少し考える。
「まだ秘密?」
凛は少し迷う。
それから言う。
「うーん」
「完全に隠してるわけじゃないし」
「二人で花火見てる時点でって気もする」
少し笑う。
玲が頷く。
「なるほど」
凛はスマホをテーブルに置いた。
「じゃあ決まり」
玲が「うん」と答える。
凛は少し照れながら言う。
「花火大会」
「デートだね」
玲が少し笑う。
「そうだな」
凛は窓の外を見る。
夏の空がゆっくり夕方に変わり始めていた。
その花火大会で、
本当にクラスの誰かに会うとは――
このときの二人は、まだ知らなかった。




