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クラスの完璧美少女と放課後の音楽室で! 2人の時は甘々に!  作者: ルキノア


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好きだった音

茹だる暑さのある日の午後。

駅前の楽器店の前で、玲は立ち止まった。

店内から流れるピアノの音。


(コンクール練習だな)


ドアが開く。


「……玲?」


振り向く。

そこにいたのは蓮。

中学の頃、ずっと競い合っていた相手。


「久しぶり」


「久しぶり」


少しの沈黙。


「今年は出る?」


いきなりだ。


「出ない」


蓮は眉を上げる。


「なんで」


「なんとなく」


「なんとなくでやめんなよ」


言い方は強いけど、責めてはいない。

それが余計にきつい。


「玲の音、好きだったのに」


過去形。

玲は小さく笑う。


「“だった”?」


「最近聞いてないし」


蓮は少し近づいて、声を落とす。


「美月も言ってたぞ」


玲の指が、ほんの少し止まる。


「……美月?」


「この前会った。まだ続けてる」


胸が、わずかにざわつく。

中学の頃、よく三人で練習した。


「玲の音、また聞きたいってさ」


軽く言う。

でもその一言は、思ったより重い。


「周り、期待してる」


「期待って」


「先生も、美月も、俺も」


真っ直ぐな目。


「戻ってこいよ」


逃げたのは、自分かもしれない。

玲は視線を外す。


「じゃあな」


振り返らずに歩き出す。

背中に声。


「お前ん家の教室でもいいから弾けよ!」


足が止まりかける。

でも、そのまま帰った。



家。


ピアノの前に座る。

鍵盤に触れる。


(美月、まだやってるんだ)

(俺が母の教室で初めて知り合った同世代の子)


最初の音。

少し硬い。

途中で止まる。

深呼吸。もう一度。

今度は少しだけ、柔らかい。


廊下で母が立ち止まる。

最近、よく弾いている。

何も聞かない。

でも、少しだけ嬉しそうだ。

玲はそれを知らない。


スマホが鳴る。


凛。


《楽器店イベント遭遇》


《ボス出た?》


《中ボス+追加ミッション》


《何それ》


《“また聞きたい”らしい》


少し間。


《誰に?》


《昔のやつら》


凛の返信はすぐ来た。


《今の音は?》


玲は少し考える。


《…分からん》

 


凛が玲の家に来る。


軽い雑談のあと。


「で、その“また聞きたい”は誰が言ってたの」


「蓮ってやつに会って」


「うん」


「あと、美月ってやつもそう言ってたって」


凛は一瞬だけ目を上げる。


「女の子?」


「母さんのやってる教室で会ったピアノ仲間」


「ふーん」


ほんの少しだけ間。


「まだやってるらしい」


玲は笑う。


「みんなちゃんとしてる」


凛が言う。


「それ、今言う?」


「ごめん」


でも玲は否定しない。


「俺だけ降りたみたいな感じ」


「降りたの?」


「休憩」


凛は少し考えてから言う。


「じゃあさ」


「うん」


「どこかで弾けば?」

「順位つかない」

「減点もない」


「そいつら来るかも」


ぽつりと出た本音。

凛はそれを拾わない。


 凛が静かに言う。


「じゃあ今の音、聞かせて」


玲はピアノの前に座る。


玲は鍵盤に指を置く。


今度は、少しだけ目を閉じた。


最初の一音。


柔らかい。


自分でも驚くくらい、力が抜けている。


(なんでだろう)


前は、もっと肩に力が入っていた。


正しく弾くこと。


速く弾くこと。


期待に応えること。


間違えないこと。


でも今は、どこか余白がある。


視界の端に、凛がいる。


ソファに座って、スマホもいじらず、ただ聞いている。


ちゃんとしている人だと思う。


誰に言われなくても、宿題はやるし、家のことも手を抜かない。


「ちゃんとしなきゃ」と言いながら、ちゃんとしている。


不器用なくせに、ちゃんと向き合う。


(あいつ、いつも走ってるな)


自分より少し前を。


でも、振り返る。


置いていかない。


気づけば、玲も少しずつ走り出していた。


誰かに押されたわけじゃない。


ただ、隣にいるから。


――感化されてたんだな。


二小節目。


音が自然に揺れる。


昔より、強さが尖っていない。


丸くなったわけじゃない。


角を、自分で選べるようになった感じ。


(高校生になったからか?)


中学の頃は、期待が重かった。


先生の言葉。


周りの視線。


美月や蓮の存在。


全部ひとりで抱えていた。


抱えきれなくなって、手放した。


でも今は。


完全に軽くなったわけじゃないのに。


不思議と、苦しくない。


最後の盛り上がり。


音が少し強くなる。


でも押しつけない。


(今なら、抱えられるかも)


悩みが消えたわけじゃない。


コンクールのことも、期待も、まだ胸のどこかにある。


でも。


――分けて持ってくれる人がいる。


凛は何も言わない。


具体的に解決もしていない。


それでも。


“隣にいる”という事実だけで、重さが半分になる。


(ああ、そうか)


軽いんじゃない。


一人で持ってないからだ。


最後の和音が部屋に広がる。


音が消えるまで、静か。


玲はゆっくり振り返る。


「……どうだった?」


凛は少し考えてから言う。


「なんかさ」


一拍。


「前より楽しそう」


玲は小さく笑う。


「バレた?」


「バレる」


その一言で、胸の奥がじんわりする。


(俺、ちゃんと変わってるな)


変えられているわけじゃない。


自分で変わろうと思えている。


その隣に、走ってくれる人がいる。


それだけで。


「文化祭、出るかも」


ぽつりとこぼす。


凛は肩をすくめる。


「減点制度ないなら賛成」


「そこ大事?」


「超大事」


二人で笑う。


玲はもう一度、短いフレーズを弾く。


今度は迷いなく。


音が、少しだけ前に進んだ。


夏の夕方の光の中で。


その音は、確かに未来に向いていた。

 

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