恋人としてのスタンス
一緒に歩いていくにつれて恋人になった現実が近づいてくる。
凛が先に口を開く。
「ねぇ、玲」
名前を呼ぶのにも、まだ少しだけ慣れない。
「学校ではさ」
玲が横を見る。
「うん」
「どうする?」
その一言で、意味は伝わる。
恋人として、どう振る舞うか。
クラスメイトの前で。
噂好きな友達の前で。
玲は少しだけ考える。
「……正直、いきなり騒がれるのはきつい」
本音。
凛はうなずく。
「分かってる」
即答だった。
「玲、目立ちたくないもんね」
「うん」
少し苦笑する。
「それにさ」
凛は続ける。
「私、わりと色々言われやすいし」
玲の眉がわずかに動く。
凛は平然とした顔で言う。
「告白された回数とか、勝手に噂になるし」
「誰と仲良いとか、すぐ話広がる」
事実として言う。
誇りでも自慢でもなく。
ただの現実。
「だから」
一歩前を向く。
「今は、言わなくてもいいよ」
玲が止まる。
凛も止まる。
「玲がちゃんと自分で立てるって思えるまで」
「隠すっていうより、守る感じ」
風が少し吹く。
「私は大丈夫」
強がりじゃない。
ちゃんと覚悟のある声。
玲はその横顔を見る。
綺麗だな、と思う。
でも同時に。
守られる側でいるのは、違うとも思う。
「凛」
名前を呼ぶ。
「そのスタンスでいい」
凛が振り向く。
「今は」
その一言に、少し重みを乗せる。
「でもさ」
ゆっくり続ける。
「ずっと隠れるつもりはない」
凛の目が揺れる。
「ちゃんと隣に立つ」
「逃げないで」
「凛の隣にいても、引け目感じないくらいにはなる」
言い切る。
強くはないけど、決意はある声。
「だから」
少し照れながらも笑う。
「それまでは内緒で」
「でも、そのうち堂々と隣にいるから」
凛は少しだけ黙る。
それから。
「……かっこつけ」
「事実です」
「まだ途中のくせに」
「うるさい」
でも凛は笑う。
その笑顔は、誇らしそうだった。
「分かった」
小さく言う。
「じゃあ今は、学校の中では音楽室限定の恋人」
「限定かよ」
「プレミア感あるでしょ」
「そんなプレミアなら普通になりたいな」
「そうなるように頑張って」
玲は小さく息を吐く。
「ちゃんと変わるよ」
凛はうなずく。
「知ってる」
その言葉が、一番の信頼だった。
二人は並んで歩く。
少しだけ近い距離で。
まだ秘密。
でも、確かな約束。
夕方の空がゆっくり色を落としていく。
駅前の喧騒から少し離れた並木道。
「ここまででいいよ」
凛が立ち止まる。
人はまばら。
でも近すぎない、ちょうどいい距離。
「名残惜しいとか言わないの」
玲が言う。
凛がちらっと見る。
「言ったらどうするの」
「もうちょっと一緒にいれるように考える」
「ずる」
即答。
玲が笑う。
その瞬間。
凛もつられて笑う。
声が少し大きい。
「……」
自分で気づいて、はっとする。
「今の、ちょっとはしゃぎすぎた」
「うん」
「即答やめて」
でも玲は続ける。
「今日ずっとそんな感じだったけど」
「恋人なってからは」
凛が固まる。
「そんな感じって?」
「なんか、普通に楽しそう」
「普通って何」
「変に構えてないっていうか」
凛は一瞬、言葉を失う。
「……別に構えてないけど」
「うん」
「ただ」
少し視線を逸らす。
「楽しかっただけ」
ぶっきらぼう。
でも耳が赤い。
玲がじっと見ている。
凛が耐えきれなくなる。
「何」
「いや」
少しだけ口角が上がる。
「今日の凛、可愛いなって思って」
数秒、完全停止。
「……は?」
「いやその」
「急に何」
凛の顔が一気に熱を帯びる。
「変なこと言わないで」
「変じゃない」
「ある」
言い返すけど、声が弱い。
凛は顔を背ける。
「私、そんなキャラじゃないし」
「どんなキャラだよ」
「ちゃんとしてるでしょ」
「してた?」
凛が振り向く。
「してたでしょ」
「カフェでケーキ落としかけたの誰」
「……」
「歩きながら信号無視しそうになったの誰」
「それは!」
「テンション上がってたんだろ」
図星。
凛は口をぱくぱくさせる。
言い返せない。
玲が少しだけ近づく。
「別にいいじゃん」
静かな声。
「俺の前でくらい」
凛の視線が揺れる。
「……それ、ずるい」
「何が」
「そうやってさらっと言うの」
一歩、距離が近い。
さっきより自然。
「私、そんなに分かりやすい?」
「うん」
「最悪」
でも本気で嫌そうじゃない。
むしろ、安心した顔。
「なんかさ」
凛が小さく言う。
「気づいたら笑ってる」
「うん」
「変に考えなくていい感じする」
自分で言って、気づく。
「あ」
玲がにやっとする。
「無意識?」
「……知らない」
「崩れてるじゃん」
「崩れてない!」
即否定。
でも声が少し高い。
玲は優しく言う。
「今の凛、好きだよ」
沈黙。
夕日が横顔を染める。
凛はしばらく動かない。
それから、小さく息を吐く。
「……それ言われると」
「うん」
「もっと変になる」
「どう変に」
「……甘えたくなる」
言ってから、凛が固まる。
「今のなし」
「録音したい」
「やめて!」
玲が笑う。
凛が袖を軽く叩く。
「もう」
「何」
「彼氏って自覚ある?」
「ある」
「じゃあ」
少しだけ視線を上げる。
「明日、目合ったらちゃんと笑って」
「それだけ?」
「それだけ」
「簡単」
「簡単じゃない」
凛は小さく笑う。
「私、絶対にやけるから」
「抑えろよ優等生」
「無理」
即答。
そして自分で照れる。
「……ほんと無理」
夕方の風が吹く。
名残惜しい空気。
でも、重くない。
「じゃあ今日はここまで」
凛が一歩下がる。
でもすぐ止まる。
「玲」
「ん?」
少しだけ躊躇って。
でも逃げずに。
「好き」
まっすぐ。
玲もすぐ返す。
「俺も」
凛が照れて笑う。
「明日からの学校が楽しみ」
小さく呟く。
それは独り言みたいで、でもちゃんと届く。
二人は反対方向に歩き出す。
振り返らない。
でも分かっている。
明日、目が合うだけで。
きっとまた、無意識に笑ってしまう。




