打ち上げと山下の告白
夕方。
体育祭の片付けが終わるころには、空はやわらかな橙色に染まっていた。
「今日さ、打ち上げしよ!」
誰かの一言で決まった。
近くのファミレス。
制服のまま、ハチマキだけ外して、ぞろぞろと移動する。
「月城くんも来るよね?」
三浦が振り向く。
いつもなら断る。
騒がしい場所は苦手だし、理由をつけて帰るのが普通だった。
でも今日は。
「……行く」
一瞬、周囲が少し驚く。
「マジ?」
「珍し」
「混合ヒーローだもんな」
冗談混じりの声。
玲は否定しない。
ただ、少しだけ息を吐いた。
――今日は、いいか。
店内は賑やかだった。
ドリンクバーの氷の音。
グラスがぶつかる音。
あちこちで笑い声。
「混合一位おめでとー!」
「乾杯!」
グラスが鳴る。
凛はいつも以上に笑っていた。
「ほんと良かったよね!」
「山下最後やばかった!」
「月城もあの抜き方なに!?」
次々に声をかけられる。
凛も歓声の中ちゃんと一人ひとりに返す。
「みんなのおかげだよ」
「応援聞こえてた!」
頬が少し赤い。
緊張から解放された笑顔。
その姿を、玲は少し離れた席から見ている。
騒がしい。
でも、嫌じゃない。
笑い声が耳に刺さらない。
胸がざわつかない。
凛がこちらを見る。
「月城くんも来て」
自然に手招きする。
周囲も空気を作る。
「そうだよ文武両道コンビ!」
“コンビ”。
その言葉に、もう違和感はない。
玲は席を移る。
「今日さ」
凛が少し身を乗り出す。
「最初、めちゃくちゃ怖かった」
「この学校の体育祭結構本気だし、リレーは特にね」
「うん……そうだったね」
「顔に出てた?」
「少し」
凛は笑う。
「でもね」
声を少しだけ落とす。
「月城くんの言葉思い出したら、ちゃんと走れた」
その言葉は、騒がしさの中でもまっすぐ届いた。
玲は一瞬、言葉を探す。
昔なら。
こんな場所で、こんな会話をすることはなかった。
輪の外から眺めて終わりだった。
でも今は。
「“藍原”がちゃんと戦ったから、リレーだけじゃないよもちろん」
「クラスにとっての“凛”は」
「うん?」
「だから勝てた」
凛は少し目を丸くして、そして笑う。
「そっか」
「月城くんにとっての私はどうかな?」
「なんてね」
その“そっか”が、どこか柔らかい。
山下は少し離れた席で加藤たち仲良しメンバーと、その様子を見ている。
「あいつら仲良くなってるよな」
「月城ってなんも話さないやつかと思ってたらテストと体育祭で文武両道なのが分かったからなぁ」
楽しそうな凛。
自然に笑っている玲。
今日のヒーローは自分のはずだ。
でも。
凛が一番穏やかな表情をしている瞬間は、
どこに向いているのか。
胸の奥に、熱と焦りが同時に生まれる。
一方、玲はグラスを持ちながら、少しだけ思う。
――前とは違う。
騒がしい空間。
誰かの隣に座ること。
笑うこと。
逃げなくてもいい。
凛がまた笑う。
「来年も勝ちたいね」
「気が早い」
「いいじゃん」
「俺もお前らとまた同じクラスでやりたいな」
「いややっぱ倒しに他のクラス行こうかな」
佐伯が茶化しながら言う。
周囲がまた笑う。
玲も、ほんの少しだけ口元を上げる。
無理じゃない。
楽しいと思ってもいい。
ほんの少しだけ、前に踏み出す。
体育祭は終わった。
でも。
何かが確実に始まっていた。
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店内はまだ熱気に包まれていた。
「山下ほんと神!」
「アンカー勝負燃えたわ!」
笑いの中心にいるはずなのに、山下の視線は何度も凛へ向かう。
凛は楽しそうに笑っている。
そしてその近くに、玲がいる。
特別な距離ではない。
でも自然だ。
言葉を交わすたび、空気が柔らかい。
山下の胸が焦る。
——今しかない。
「凛、ちょっといい?」
立ち上がる。
空気が揺れる。
「え?」
「外、少し」
凛は頷き、席を立つ。
近くの席で加藤が小声で言う。
「……行くぞ」
「マジで告白じゃね?」
その声は抑えきれず、波のように広がる。
玲の耳にも届く。
“告白”。
その単語に、心臓が一拍強く鳴る。
⸻
店の外
夕方の風が少し冷たい。
「どうしたの?」
凛はまだ明るい。
山下は深呼吸をする。
「今日、楽しかった」
「うん」
「混合、練習いっぱいしたよな」
「したね」
「俺さ」
拳を握る。
「藍原と一緒にいる時間、好きだった」
凛の目が揺れる。
「だから」
もう迷わない。
「俺、藍原のこと好きだ」
はっきりと言う。
静かな沈黙。
凛の頭に浮かんだのは——
放課後の音楽室。
差し込む夕陽。
静かにピアノを弾く玲。
誰にも見せない横顔。
混合のときの「信じてる」という声。
バトンを受け取る瞬間の安心感。
胸が温かくなるのは、あの時間。
山下との時間ではない。
答えは、まだ未確定。
でも少なくとも目の前の人ではない。
凛は山下を見る。
優しさではなく、誠実さで。
「ごめん」
まっすぐ言う。
山下の表情が固まる。
「私は、山下のこと、そういう風には見られない」
はっきりと。
迷いはない。
「……誰か好きな人いる?」
思わず出た問い。
凛は少しだけ視線を揺らす。
でも否定しない。
「……なるかもしれない」
それは、ほとんど肯定だった。
山下は息を飲む。
胸の奥が痛む。
体育祭の熱が、急に遠くなる。
少なくともクラスの中では1番仲の良い男子だという感覚はあったが遅かったのかもしれない。
「そっか」
笑おうとする。
「振られたか」
「山下は、大事なクラスメイト」
「それフォローになってねえ」
苦笑する。
でも目は少し赤い。
「ちゃんと言ってくれてありがとな」
それだけ言って、先に店へ戻る。
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店内
二人が別々に戻る。
その時点で空気が変わる。
「え、別々?」
「うわ……」
加藤が小声で言う。
「ダメだったっぽい」
その噂は一瞬で広がる。
玲はその空気で察する。
凛が席に戻る。
目が少しだけ真剣だ。
山下はいつもより静かに座る。
——振られた。
その事実が、玲の胸に落ちる。
そして同時に。
凛は誰も選ばなかったわけじゃない、と感じる。
誰かを想っている可能性。
それが、自分だったら。
その考えがよぎった瞬間、鼓動が強くなる。
凛と目が合う。
一瞬だけ。
凛は何も言わない。
でも、どこか覚悟を決めたような目をしている。
玲は視線を逸らせない。
初めて、自分の感情がはっきりと動く。
——失いたくない。
打ち上げの笑い声は続く。
けれど。
今の形の関係性は変わっていく気がした。




