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母の位牌に謝罪する時間
ある夜ネットカフェの一室で、彼は母親の位牌をリュックから取り出した。それをじっとみつめていると、あの自分の部屋でテレビばかりをみて呑気にくらしていた日々が思い出された。出来るならあの日々に戻りたい。今の自分は何もやる気のない底辺の男だが、あの頃は家があり食事があった。母親がどれだけ偉大だったか、彼は思い知ることになった。
位牌に向かって手を合わせ、しばらく沈黙していた彼は心のなかで呟いた。
(ごめん。もう俺ダメだ。母さんがいる所にもうすぐ俺も行く)
弱気になった彼の心は、母親を求め子供に帰っていくようだった。
田口の会社に雇ってもらっていた日々は、彼を少しずつ大人にしていくれた。このままいけば自分も少しは社会に認められるのではないかと、淡い期待を胸に踊らせた。そんな思いもどこかへ消え去っていった。諦めるしかないのか。
位牌をみつめながら彼の心中は、あらゆる感情でいっぱいになった。自然と涙が溢れてきた。静かなネットカフェの空間に、すすり泣きの音が響いた。時計の針は夜中の2時を過ぎていた。




