第90話 幻を断つ蒼の槍
濃紺の海は、静まり返っているようで――
決して、止まってはいなかった。
触手を一本失ったシャイン・レイスは、
淡い光を震わせながら、ゆっくりと距離を取る。
だが、その動きは先ほどまでの余裕を失っている。
(……来るわよ)
アストラルの声が、低く告げた。
(焦り始めてる)
「……分かってる」
私は、短く息を吐き――
水を蹴った。
♢
一気に近づき、しかし――
深追いはしない。
触手が伸びる、その直前。
身体をひねり、すり抜ける。
「――っ!」
ブルーランスが、光の縁をかすめる。
今度は――
ぷつり。
また一本。
触手が淡い粒子を失い、散った。
距離を取り、再び加速。
攻撃しては離れ、
離れては、また踏み込む。
ヒットアンドアウェイ。
生死を賭けた土壇場、ナナミは新しく戦闘技術を昇華させた。
(いいわ、その調子)
アストラルが、冷静に評価する。
(確実に、削れてる)
シャイン・レイスの動きが、目に見えて鈍る。
触手の本数は、もう――
半分以下。
それでも。
油断は、しない。
♢
私は、一度――
大きく距離を取った。
右腕を、胸元へ引き寄せる。
魔力を、集める。
ブルーランスが、
じわり、と蒼く輝き始めた。
(ナナミ……?)
アストラルが、僅かに声を強める。
(まさか……本体を?)
「……うん」
私は、シャイン・レイスを真っ直ぐに見据える。
「狙うよ」
魔力が、腕の奥で脈打つ。
水が、震える。
その様子を見て――
シャイン・レイスが、反応した。
残った触手が、一斉にこちらへ向く。
(……来る!)
次の瞬間。
私は――
踏み込まない。
狙いを、ずらす。
「――っ!」
ブルーランスが描く軌道は、
本体ではなく――
触手の、付け根。
油断しきった、その一瞬。
蒼い閃光が、走る。
ざん、と。
光が、まとめて断たれた。
触手が、二本、三本――
一気に、切り落とされる。
深海に、光の残滓が舞った。
「……!」
(フェイント……上手い……!)
アストラルが、息を呑む。
シャイン・レイスは、
はっきりと動揺した。
光が、不規則に明滅する。
♢
――その直後。
視界が、歪んだ。
深海の闇が、柔らかくほどけて――
そこに。
あの、淡い金色の光が現れる。
小さく、揺れる――
懐かしい存在。
「……ルミナ……?」
一瞬、胸が――
締め付けられた。
でも。
次の瞬間。
私は、強く歯を食いしばる。
「……また……」
胸の奥から、感情が湧き上がる。
「また、それを使うの……?」
ルミナの姿が、
助けを求めるように揺れる。
でも。
その光は――
どこか、冷たい。
私は、首を振った。
「……違う」
ナナミの胸元にある金色の石が入った小さな袋。
その袋を、強く抱きしめる。
ナナミは今、確かにその石から温度と鼓動を感じた。
「……ルミナは――」
「わたしの、ここにいる!」
幻が、ひび割れる。
光が、歪む。
「またルミナを出すなんて……!」
怒りが、声になる。
「――もう、許さない!」
♢
幻が、砕け散った。
視界が、現実に戻る。
そこにいるのは――
動揺したままの、
シャイン・レイス。
「……今だ……!」
私は、即座に――
魔力を、解放した。
右腕いっぱいに込めた蒼が、
一気に噴き上がる。
ブルーランスが、
深海を裂く。
「――はああっ!」
躱させない。
幻を使う隙を、
私は――見逃さなかった。
蒼い一閃が、
シャイン・レイスの本体へ――
ドォォォォンーー!
確かに。
叩き込まれた。
光が、大きく揺らぐ。
深海に、低い衝撃が響く。
(……当たった……!)
アストラルの声が、震えた。
私は、息を吐きながら――
ランスを、構え直す。
弾かれた初撃とは違う、ハッキリとした手応えを感じた。
確かに今――
この一撃は、
シャイン・レイスへ届いていた。
──続く




