第88話 星を喰らう幻光
ぼんやりと光るクラゲ型海魔は、触手を伸ばしながら音もなく距離を詰めてくる。
その進路の先には――
私が抱えた、保存袋。
(狙いはそれね)
アストラルの声が、低くなる。
(これは危険よ。ナナミ……逃げることも、考えなさい
保存袋を手放して逃げれば、助かる可能性は高いわ)
「……」
一瞬。
本当に、一瞬だけ。
その選択が、頭をよぎった。
けれど。
私は、左腕に力を込める。
アームガード越しに、保存袋を抱きしめて。
「アストラル……」
小さく、息を吸う。
「依頼のために……戦うよ」
(……ナナミ)
「でも……本当に、どうしようもなくなったら」
視線を、シャイン・レイスから逸らさない。
「その時は、逃げる」
(……分かったわ)
アストラルの声に、覚悟が滲んだ。
♢
次の瞬間、私は水を蹴った。
身体を一気に加速させ、
右手のブルーランスを――
一直線に、突き出す。
「――っ!」
反応は、なかった。
シャイン・レイスの身体に、
ランスの切っ先が――
確かに、当たる。
手応えも、ある。
……はず、だった。
「……え……?」
次の瞬間。
ぶよ、と。
柔らかい水袋を突いたような感触。
シャイン・レイスの身体が波打ち、
衝撃を吸収して――
弾いた。
ランスが、押し返される。
「……ダメージ、ない……?」
背筋が、冷たくなる。
(やっぱり……)
アストラルが、即座に分析する。
(普通の攻撃じゃ、通らない)
――その刹那。
シャイン・レイスの触手が、
鞭のようにしなって飛んできた。
「――っ!」
私は、咄嗟に身体を捻る。
頬をかすめて、光の触手が通り過ぎる。
水流が、震えた。
(触れたら終わりよ!)
「分かってる……!」
距離を取ろうとした、その時。
(魔力を大きく込めた一撃……
それか、核を正確に狙わないと、難しいわ)
「核……?」
私は、シャイン・レイスを睨む。
半透明の身体。
どこにも、はっきりした核は見えない。
「……身体、透明だよ……」
「どこに核あるか、分からない……!」
(だから、現実的なのは前者ね
魔力を込めた一撃よ)
私は、歯を食いしばる。
「……躱されなければ、ね……」
♢
深く、息を吸う。
右腕に、魔力を集める。
ブルーランスが、深く蒼い光を帯びる。
「……っ、いくよっ……!」
狙いを定め――
振るう。
その瞬間。
シャイン・レイスの触手が、
水を強く打った。
――ドン、と。
爆ぜるような水圧。
「――速っ!?」
一瞬で距離を詰め、
次の瞬間には、視界から消える。
攻撃は、空を切った。
(急推進……!)
アストラルの声が、鋭くなる。
(動きも、速いわ!)
「……っ、厄介すぎる……!」
その時だった。
♢
視界が、揺らいだ。
深海の闇が、柔らかく歪み――
そこに。
心の拠り所となっていた金色の淡い光が、突如として現れる。
「……え……?」
胸が、締め付けられる。
半透明の、小さな身体。
弱々しく、揺れる触手。
その光は――
「……ル……ルミナ……?」
アビスリフトに呑まれた先の深海で、あの時に出会った。
私を生存に導いた、淡い光。
助けを求めるように、
小さく、淡く――発光している気がした。
「……ルミナ……?」
身体が、動かない。
視線が、釘付けになる。
(ナナミ……!?いけない!幻覚を見せられている……!しっかりしてナナミ!)
アストラルの声が、遠い。
その瞬間。
♢
背後で、水が鳴った。
冷たい感触が――
首筋に、触れる。
「――っ」
ぞくり、と。
触れられた瞬間、
体の内側が、すうっと冷たくなる。
力が、抜けていく感覚。
「……っ、なに……これ……!」
魔力が、吸われている。
(ナナミ、ダメ!離れて!)
アストラルが、叫ぶ。
(それはルミナじゃない! 魔力を吸う、捕食種よ!)
私は、歯を食いしばり――
必死に、振りほどく!
身体が、重い。
保存袋を抱えた左腕が、震え始める。
もがいた末に触手を振り切ることになんとか成功する!
距離を取り、再びシャイン・レイスと相対する。
「はぁ……はぁ……」
息が上がっている。魔力を少し奪われたものの、まだ活動は出来そうだ。
(ナナミ!?無事!?保存袋を手放して逃げて!)
アストラルの声は、いましっかりと届いている。
――深い深い海は、優しくなんかない。
美しい光の裏に、
明確な悪意が見え隠れしている。
私は、今。
本当の意味で――
試されていた。
──続く




