第78話 シェル・タートル
――ナナミ視点――
深度計の数字が、ゆっくりと200を指した。
藍色だった海は、さらに色を落とし黒が混じる静かな世界へと変わっていく。
その瞬間。
(深度200まで来たわよ)
頭の中に、アストラルの声が響いた。
(ここからは普通の魔力の質だと、魔力膜への負荷が更に増すわ)
(ナナミならば体感ほぼ変わらないと思うけれど……油断しないで)
「……はい……」
小さく返事をする。
意識を、自分の内側へ。
魔力の流れ。
魔力膜の状態。
(……確かに)
魔力は、僅かに、確実に消耗し続けている。
でも──
(浅い海と……そんなに、変わらない……)
強い圧迫感も、息苦しさもない。
ただ、静かに魔力が削られていくだけ。
――不思議なくらい、穏やかだった。
* * *
さらに降下。
――210
(……来たわよ)
アストラルの声が、少しだけ鋭くなる。
(サイズが大きい。……これは大型の海魔。しかも二体)
アストラルに導かれた方向へ、意識を向ける。
群青色の向こう。
重たい影が、ゆっくりと動いた。
「……!」
姿を現したのは──
巨大な亀の形をした海魔。
分厚い甲殻。
岩のように重そうな四肢。
「……でっか……3メディルはある」
ホープが、思わず呟く。
グレイスさんが、即座に判断する。
「シェル・タートルね。動きは遅いけど、防御が異常に硬い」
視線が、私たちへ。
「私が一体引き受ける、ナナミちゃん、ホープ、ニーナ。もう一体をお願い」
「……はい……!」
頷く。
大型。
しかも、防御特化。
(……慎重に……)
* * *
グレイスさんは、迷いなく一体へ。
金色の魔力が閃き、
別次元の戦闘が始まる。
私たちは、残る一体へ。
シェルタートルは、
こちらを認識すると、低い唸り声を上げた。
――遅い。
でも。
ニーナさんの斬撃が、甲殻に弾かれる。
「……っ、硬い!」
ホープの槍も、深く入らない。
「マジかよ……岩じゃん!」
(……やっぱり……)
私は距離を取りながら、観察する。
甲殻は、ほぼ無傷。
正面突破は、無理だと思える。
(……弱点……)
その瞬間。
アビス・シェルタートルが、身体を沈めた。
「来る!」
ホープの声。
次の瞬間、
鈍い衝撃波。
水ごと叩きつけるような突進。
「……!」
ニーナさんが後退。
私も、すぐに位置を変える。
(遅いけど……一撃が重い……)
長引き、集中が途切れるとこれは危険だ。
「……ホープさん……ニーナさん」
「ん?」
「……足……関節の内側……」
甲殻に覆われていない、僅かな隙間。
「そこ……狙ってください……」
「了解!」
ホープが、派手に動く。
「おいデカ亀! こっちだ!」
注意が逸れた、その瞬間。
ニーナさんが、逆側へ回り込む。
「今ね!」
私は、一気に加速。
ブルーランスに力を込める。
「……っ!」
狙うのは、関節の奥。
魔力を、細く、鋭く。
――突く。
甲殻の隙間を貫き、
内部へ魔力が流れ込む。
シェル・タートルが、
大きく身体を震わせた。
「今だ!」
ホープの一撃が追撃。
ニーナさんの刃が、同じ箇所を抉る。
――鈍い音。
そして。
巨体が、ゆっくりと崩れ落ちた。
「……はぁ……」
思わず、息を吐く。
硬かった。
本当に。
「ナナミちゃん、ナイス判断!」
ニーナさんが、微笑む。
「いやー、時間かかるかと思った!」
ホープも、ほっとした顔。
「……ありがとうございます……」
胸の奥で、
小さく安堵する。
* * *
グレイスさんは、既に撃破を終えて3人の戦闘を静観していた。
「さすがね……3人ともいい連携だった」
「……!」
褒められて、少しだけ照れる。
「海晶核を回収して、先へ行こう」
「目的地は、もうすぐよ」
再び、降下。
静かな闇の中──
やがて、巨大な影が見えてきた。
「……あれ……?」
それは、
海底に根付く、巨大な球体。
岩と藻と鉱物が絡み合ったような──
調査対象のマリモ。
周囲の地形は、明らかに異質だった。
鉱脈の気配。
魔力の滞留。
(……ここ……)
胸が、高鳴る。
(……白銀鉱……)
目的地は、目の前。
でも──
まだ、探し当てたわけじゃない。
私は、拳をそっと握った。
(……焦らない……)
今日の私は、
“探す”役目。
静かな深海で、
本当の目的が、ゆっくりと近づいていた。
──続く。




