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アビス・グランブルー 〜クラン追放された最底辺ダイヴァー、わたしはやめたくなかった〜  作者: ロートシルト@アビス・グランブルー、第四章も毎日20時更新!
第四章 居場所

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第六十二話 その一歩

 ナナミの指先が、依頼書の端に触れた。


 紙を引き抜くと、乾いた音がして内容が露わになる。



《討伐・採取依頼》

対象座標:X-34、Y27、Z-165

区域:鉱脈マリモ群生帯

報酬:最低報酬金貨1枚+鉱石回収分


討伐対象:スケイル・フィッシュ

鉱石を捕食し、鱗が硬質化した中型海魔。

鉱脈マリモを食い荒らし、資源被害が拡大中。

早期討伐および残存鉱石の回収を求む。



「……深度、165……」


 思わず、息を呑んだ。


 今まで潜ってきたのは、せいぜい60前後。

 150を超える数字は、依頼書の上で見るだけでも重みが違う。


「……大丈夫、かな……」


 胸の奥に、ひやりとした感覚が走る。


 その瞬間──


(ナナミ)


 アストラルの声が、落ち着いた響きで届いた。


(今までにない深度だから、不安になるのは当然よ)


「……うん」


(でもね)


 少し、声が柔らぐ。


(訓練を重ねた今のナナミなら、対応できる)

(私の太鼓判でも……まだ不安?)


 問いかけに、ナナミはすぐ答えられなかった。


 怖い。

 正直に言えば、それは間違いない。


 深くなればなるほど、光は薄れ、

 水圧も、魔力消費も、敵の質も変わる。


「……行ったことないし不安、だよ」


 小さく、けれどはっきりと言った。


「でも……」


 ブルーランスの感触を、思い出す。

 フィアスの言葉。

 アストラルの確信。


「アストラルが、そう言うなら……挑戦してみたい、って……思う」


 一歩、前に出るために。


(……そう)


 アストラルの声に、微かな誇らしさが混じった。


(その覚悟があれば、十分よ)


 ナナミは、依頼書を胸に抱き、受付へ向かった。


* * *


「……深度165?」


 ブレイカーは、依頼書を見て眉をひそめた。


「いきなり150超えか」


 ブレイカーはナナミを見つめる。


「ナナミ、お前……魔力量は多い方じゃないだろ」


 責める口調ではない。

 心配しているのが、はっきり分かる。


「はい……」


 ナナミは、正直に頷いた。


「でも……危ないと感じたら、すぐ撤退します」


 その言葉に、ブレイカーはナナミの顔を見つめる。


 逃げ腰ではない。

 無謀でもない。

 状況を分かって、なお挑む目。


「……ふぅ」


 短く息を吐き、依頼書に判を押した。


「……ブロンズ級で資格はある。よし。受託だ」


 そして、少しだけ声を低くする。


「気をつけろよ」

「お前になにかあったら……ミストが悲しむ」


「……っ」


 思わず、胸がきゅっとなった。


「はい。必ず、無事に戻ります」


「その言葉、忘れるな」


 ブレイカーは、それ以上何も言わなかった。


* * *


 装備を整え、港へ向かう。


 青い槍身が、朝の光を受けて静かに輝いていた。


(行きましょう)


「うん」


 ナナミは、深く息を吸い──


 海へ、身を投じた。


* * *


 水が、全身を包み込む。


 泡が弾け、光が揺れる。


 潜海証が示す深度は50。


 それを過ぎ、深度100。


 周囲の色が、ゆっくりと青から藍へ変わっていく。


「海の色が……深くなってきた」


 耳鳴りのような静けさ。

 水圧が、じわじわと身体にのしかかる。


(問題ないわ。落ち着いて)


 突如──


 三体の海魔が現れる。


 アシカ型の中型海魔、サージ・オッターが一頭。

 魚型の小型海魔、シェード・フィッシュが二匹。

 

「……っ!サージ・オッター……!それもシェードまで同時に!」


 サージ・オッターが、低く唸るような鳴き声を発した。


 丸い体躯に似合わない鋭い牙。

 前肢のヒレを広げ、こちらを威嚇するように水を蹴る。


 その周囲を、シェード・フィッシュが二匹。

 光を嫌う黒い影のような魚体が、ゆらり、ゆらりと距離を詰めてくる。


 ナナミの喉が、きゅっと鳴った。


(……三体同時)


 深度100を超えた地点。

 逃げ場の少ない中層域。


 鼓動が、少しだけ早くなる。


(ナナミ)


 アストラルの声が、すぐに重なった。


(慌てないで。訓練した通りよ)


「……っ」


(まず、魔力)


 アストラルの声は冷静だった。


(“溜めない”。循環させて、流し続ける)

(深度が深いほど、一気に使うと息切れするわ)


 ナナミは、はっとして呼吸を整える。


 胸の奥で、魔力を“溜める”癖。

 それをやめ、ゆっくりと全身へ巡らせる。


 肩。

 背中。

 脚。


 水圧に押されていた身体が、少し軽くなった。


(そう。今の動き方なら、無駄がない)


 サージ・オッターが、こちらへ突進の体勢に入る。


(次に、防御)


 アストラルの声が、左腕を示す。


(アームガードを意識して)

(受け止めるんじゃない。“いなす”のよ)


 ナナミは、左腕に装着したアームガードを見る。


 淡い黒鉄で補強された装甲。

 訓練では、何度もそれで衝撃を流す練習をした。


(真正面で受けない)

(角度をつけて、水ごと弾く)


「……うん」


 ブルーランスを構え直し、

 左半身をわずかに前へ。


(シェード・フィッシュは視界の端でいい)

(先に来るのは……)


「サージ・オッター……!」


(ええ。主導権を渡さないで)


 アストラルの声は、最後に少しだけ柔らいだ。


(ナナミ)

(あなたは、もう“潜れる”わ)


 ナナミの不安が、すっと静まる。


 訓練の日々。

 積み重ねた失敗と成功。

 そして今、手にした相棒。


 ナナミは、槍を強く握った。


 ここからが──

 本番だ。


──続く

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