第六十一話 蒼の槍と、まだ選ばない道
翌朝。
宿の窓から差し込む朝日が、ナナミの頬をやさしく照らした。
「……よし」
身支度を整え、髪を結い直す。
腰元にはまだランスがない。けれど、不思議と不安はなかった。
(今日は受け取りの日ね)
「うん」
ナナミは宿を出て、朝の通りを歩き出す。
目指す先は──グリーンリーフ堂。
* * *
チリン、と鈴が鳴る。
「いらっしゃい、可愛い子」
いつもの艶やかな声。
作業台の上には、布に包まれた細長い影があった。
「……できてるわよ」
フィアスが布を払う。
現れたのは、見慣れた形。
けれど──明らかに違う。
蒼く澄んだ金属光沢。
槍身には青鉱石由来の補強線が走り、魔力導管がより深く、強く刻まれている。
「わ……」
「スピアーランス改め、“ブルーランス”よ」
フィアスは満足げに微笑む。
「青鉱石で全体を補強したわ。
魔力の流れも安定してる。今のあなたには、ちょうどいい相棒ね」
ナナミは、そっと手を伸ばした。
握った瞬間、しっくりと馴染む。
まるで、最初から自分のためにあったみたいに。
(……良いわね)
「ありがとうございます……!」
「ふふ、どういたしまして」
フィアスは少し真剣な眼でナナミを見る。
「無茶だけはしないこと。
武器が良くなったからって、海が優しくなるわけじゃないのよ?」
「……はい」
ナナミは、ひと呼吸置いてから、思い切って尋ねた。
「フィアスさん……白銀鉱って……どこで手に入るんですか?」
フィアスの眉が、わずかに上がる。
「白銀鉱……ね」
少し考えてから、はっきり告げた。
「暗海域のマリモよ。
深度300から先」
「……!」
「ソロのブロンズ級には、正直きついわ」
そして、ふっと声を和らげる。
「だから……無茶はしないで。可愛い子が無理するの、私は嫌いよ」
ナナミは、深く頷いた。
「……ありがとうございます」
* * *
店を出ると、朝の風が頬を撫でた。
(ナナミ)
アストラルの声が、静かに響く。
(白銀鉱が目的なら……昨日、ニーナが声をかけてくれたでしょう?
クランに入るのは、ひとつの手よ)
ナナミは、歩みを止めた。
「……うん。良い方法だとは、思う」
正直な気持ちだった。
暗海域。
深度300。
100すらまだ潜っていない。
恐らく一人では、厳しい。
「でも……」
ナナミは、ブルーランスの柄を握りしめる。
「それでも……そのためにクランに入るのは……違うと思う」
(……)
「目的のために、潮騒の宴を“使う”みたいなの……」
「それは……なんだか嫌」
しばらくの沈黙。
そして──
(ふふ)
アストラルは、優しく笑った。
(そうね。ナナミなら、そう言うと思ったわ)
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
(今日は潜るの?)
「……うん!」
ナナミは顔を上げた。
「潜る! ギルド行こう!」
* * *
ダイヴァーズギルド。
いつもより少し早い時間帯。
受付に立っていたのは──ミストではなく、体格のいい男性だった。
「おう、ナナミ」
「ブレイカー副長……!」
「今日は潜るのか?」
「はい!」
ブレイカーは親指で奥を示す。
「ブロンズ級とアイアン級の依頼は、あっちのボードだ」
「好きなの選びな」
「ありがとうございます」
ナナミは、ブロンズ級の依頼ボードの前に立つ。
張り出された依頼の深度は100〜200超え
討伐。採取。また護衛も出始めた。
どれも深度100超えだ。
分かり易く、少しずつ難度が上がってきている。
(ナナミ)
アストラルの声。
(右端の……あれは、どうかしら?)
ナナミは、言われた通り右端の依頼書に目を向けた。
紙が、わずかに揺れる。
「……?」
中身は、まだ見えない。
けれど──
なぜか、胸の奥が静かにざわめいた。
ナナミは、その依頼書に、そっと手を伸ばした。
──続く。




