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アビス・グランブルー 〜クラン追放された最底辺ダイヴァー、わたしはやめたくなかった〜  作者: ロートシルト@アビス・グランブルー、第四章も毎日20時更新!
第四章 居場所

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第五十九話 休日の泡音

 グリーンリーフ堂の扉を閉め、通りに出たところで──

 ナナミはふっと肩の力が抜けた。


(……武器、預けちゃったなぁ)


 腰にあるはずのスピアーランスの重みがないことに、今さら気づく。


(ナナミ)


 すぐそばで、アストラルの静かな声がした。


(今日はもう海に潜るのはやめておいた方がいいわね。

 昨日は激しい戦いだったし……それに、武器もないでしょう?)


「……うん」


 ナナミは素直に頷いた。


(休みなさい。たまには“何もしない日”も必要よ)


「……そうだね」


 そう答えながら歩き出したとき、ふと脳裏をよぎる色があった。


 ──若草色。


 前回の休みの日、受付嬢ミストに連れられて入ったブティック。

 少しだけ背伸びして買った、やわらかな若草色のワンピース。


「……せっかくの休み、だし」


 ナナミは踵を返し、宿屋へと戻った。


* * *


 部屋で着替えを済ませ、鏡の前に立つ。


 ひらりと揺れるスカート。

 海風を思わせる淡い緑が、なんだか胸をくすぐった。


「……変じゃ、ない?」


(大丈夫よ。よく似合ってる)


 アストラルの穏やかな言葉に、ナナミは少し照れたように笑う。


 そして宿屋を出る前、いつものようにフロントへ声をかけに行くと──


「……あ」


 フロント脇に置かれた水槽の前に、人影があった。


 水槽の中では、ナナミが連れてきた二匹のフロート・カニがぷかぷかと宙に浮かび、

 小さな泡をぷくり、ぷくりと吐いては、それを追いかけて遊んでいる。


 泡が弾けるたび、きらりと光が散った。


「……かわいい……」


 その様子を、じっと目を細めて眺めている女性がいる。


 潮騒の宴クランの──ニーナだった。


「あれ、ナナミちゃん?」


 振り向いたニーナが、ナナミの姿を見てぱっと表情を明るくする。


「そのワンピース……すっごく可愛い!」


「えっ……ほ、ほんと?」


「うん! すごく似合ってる!」


 屈託のない笑顔に、ナナミの頬が少し熱くなる。


「ニーナさんは……今日はお休みですか?」


「そうなの。今日はオフ!

 だからここ“海辺の子ブタ亭”でご飯食べててね!美味しかった!」


 ニーナは水槽に目を戻し、ふふっと笑う。


「帰る前にこの子たち見てたの。

 ほら、泡で遊んでるのが可愛くてさ」


 まるで示し合わせたかのように、

 フロート・カニたちは同時に泡を吐き、

 ふわりと浮いた泡を、ちょきちょきとハサミで突こうとしていた。


 泡は逃げ、カニは追い、

 そして弾ける──ぱちん。


 二人は思わず顔を見合わせ、くすっと笑った。


* * *


「……あの、もしよかったら」


 ナナミが少しだけ勇気を出して言う。


「私も今日はお休みなんです。

 よかったら……一緒に、お茶でも……」


「いいの!? 行く行く!」


 ニーナは即答だった。


 向かったのは、以前ミストに案内された小さな喫茶店。

 落ち着いた木の香りと、紅茶のやさしい蒸気が満ちている。


 二人は窓際の席に座り、

 紅茶と、クリーム入りのふわふわシフォンケーキを注文した。


「……これ、美味しそう……」


「でしょ? ミストさんに教えてもらった! 私ここ好きなんだ」


 ナイフを入れると、しゅわっと空気を含んだ音がした。

 口に入れると、もこもこして優しい甘みが口に広がる。


「わぁ……美味しい!」


 優しい時間が過ぎていく。


 他愛もない話。

 最近の依頼のこと、街の噂、好きな食べ物。


 その中で、ニーナはふと真剣な顔になる。


「ねぇ、ナナミちゃん」


「はい?」


「ナナミちゃんって……前のクランで嫌な思いしたから……やっぱりクラン入るのは嫌なんだよね?」


 ナナミの手が、少し止まった。


「……」


「ナナミちゃんの過去は辛かったと思う、だから無理にじゃないよ?

 でもね……」


 ニーナは照れたように視線を逸らし、続ける。


「もし、ナナミちゃんがうちに来てくれたら……

 私、嬉しい」


 その言葉が、胸の奥に静かに落ちた。


(……クラン)


 潮騒の宴。

 一緒に戦い、声を掛け合い、背中を預け合った人たち。


 一人で潜る自由。

 でも、誰かと並ぶ温度。


 ナナミの心が、ゆっくりと揺れる。


「……」


 すぐには答えられなかった。


 ただ、紅茶の表面に映る自分の顔が、

 少しだけ迷っているように見えた。


 ──いままで感じたことがないこの気持ちに、まだ名前はない。


 でも確かに、

 ナナミの中で“何か”が、動き始めていた。


──次回へ続く。


 【ナナミのお財布】

金貨24枚

銀貨23枚

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ハイファンタジー
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