第五十六話 金色を求めて
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第四章も今までと変わらず20:00に更新します!
◆翌朝──海辺の子ブタ亭にて
潮騒が朝の光を運び、窓の外でカモメが鳴く。
ベッドの上でナナミは、ぱちりと目を覚ました。
天井の木目。
ほのかに塩の香りが混じる旅籠の布団。
胸の奥に残った、まだ抜けない高揚と疲労。
「……あ、ここ……昨日……」
昨日の激闘が、波のように脳裏へ押し寄せる。
暗い海。
第二波の乱戦。
ワン・アイドの巨大な影。
そして──
(グレイスさん……)
脳裏に鮮烈に焼き付いている光景がある。
黒い水を裂き、ただ一人で突っ込んだ背中。
背負い続けていたあの巨大なハープーンを引き抜き──
一つしかない“眼”へ、迷いなく突き立てた瞬間の光。
海中の闇すら割るような、白い衝撃。
「すごかった……」
その言葉しか出てこない。
同時に、自分がもし同じ場面に立っていたら──
そんな思いが胸に湧く。
(わたし、あの海魔に……攻撃、通ったのかな……?)
心の中でそっと問いかける。
すると──柔らかく、それでいて凛とした声が返る。
(──正直に言うなら、通用しなかったでしょうね)
「……だよね」
アストラルの声は淡々として、けれど優しい。
(ナナミの魔力の質はとても高いわ。
でも、まだ“量”は訓練途中。
そして──あなたの今の装備では、あのクラスの海魔は相手にするには荷が重い)
ナナミは小さく唇を噛む。
「やっぱり……強い武器って、必要なのかな」
(必要よ。もしナナミが“深い海”へ潜るつもりなら)
「深い……海……」
(ええ。でも──生活のために浅瀬で依頼をこなすだけなら、無理に潜る必要はないわ。
どうするの、ナナミ?
深海へ行きたいの?
その理由は?)
ナナミは胸元へそっと手を伸ばした。
肌の上で温かく揺れる、小さな革袋。
その中には──金色に光る、小さな石。
(……ルミナ……)
唇が震える。
「もし……もしだけど……
深海に行けば、ルミナの手掛かり……見つかるかな……?」
しばらく、アストラルは答えなかった。
静寂。
潮騒だけが、ゆっくりと波を刻む。
(……輝流種は、深海で姿を見かけることがあるわ。
だから──手掛かりが“ない”とは言わない)
「……!」
(でも、深海の危険は……身をもって体験したわよね?
覚悟が必要だし……命を掛ける場面もあるかもしれない。
それに、行っても何も得られない可能性もある。
それでも──ナナミは求めるの?)
ナナミは息を吸い、ぎゅっと拳を握った。
迷いはあった。
怖さもある。
だけど──
「……うん。
わたしを助けてくれたルミナのこと……知りたい。
できるなら……“恩返し”がしたいの」
その決意は、震えていても揺らがない。
アストラルの声が、一瞬だけ柔らかく和らいだ。
(……わかったわ、ナナミ。
なら私は──あなたが深海へ挑むための“標”になる)
「アストラル……ありがとう」
(そのためにも、武器は必要ね。
ギルドに報酬を受け取りに行くんでしょう?
そのあと……装備屋にも寄ってみるといいわ)
「うん……!」
ナナミはベッドから立ち上がり、身支度を整えた。
いつものアームガード。
だいぶ使い慣れてきたスピアーランス。
海の匂いを含んだ上着を羽織る。
昨日の疲れは残っている。
でも──胸の奥の気持ちは、どこか軽くて、強い。
「じゃあ……行こっか」
海辺の子ブタ亭の扉を開くと、潮風が頬を撫でた。
陽光の射す石畳を踏みしめて、
ナナミはダイヴァーズギルドへ向かって歩き始めた。
──続く




