第五十五話 英雄たちの夜
アクア・ヘイヴンの巨大な海門が見えた時、
ダイヴァーたちはようやく本当の意味で息をついた。
ワン・アイドとの激戦からの帰還──
街の灯火が、まるで「よく戻った」と語りかけてくるかのようだ。
「おおっ、帰ってきたぞ!」
「討伐隊だ、デカい触手を四本も持って帰ってる!」
「街は当分安泰だぞ!!」
桟橋で待ち構えていた市民たちが歓声を上げる。
潮と熱気が混じり、帰還の行軍を包み込む。
その前へ、ギルド副長──ブレイカーが静かな足取りで進み出た。
腕を組み、鋭い視線が隊の一人ひとりを捉える。
「お前たち……よくやった」
短い言葉。
だが、その重さは海底の岩盤より深い。
「ワン・アイドへの大打撃、触手と海晶核の大量回収。
街への脅威を退けた功績は大きい。
回収物はギルドで換金し、ランクごとに報酬を割り振る。明日以降に受け取れ」
たったそれだけの伝達。
けれど、その一言ひと言が胸に沁みた。
「以上だ。胸を張っていい。
今日、アクア・ヘイヴンを守ったのは……お前たちだ」
その瞬間──
「よっしゃあああああ!!」
「宴だぁああああ!!」
バルバスの豪快な咆哮が、場の空気を強引に祝祭へと変えた。
「会場はネーレウス・クランのクランホームだ!!
酒も飯も好きに飲め!食え!騒げ!!」
「うおおおお!!」「行くぞーー!!」
歓声が海風を震わせ、アクア・ヘイヴンの夜は一気に華やいだ。
◆
ネーレウス・クランのクランホーム──
そこは熱気と潮騒、笑い声が渦巻く祝祭の渦だった。
巨大魚の丸焼き、香草で蒸された貝、海藻スープ、揚げた海魔の肝。
香りだけで酔いそうなほどの料理がテーブルを埋め尽くす。
「ナナミちゃん、この貝むちゃくちゃうまいよ!!」
「ホープ、それ三皿目じゃない?」
「えっ……うまいからいいんだよ!!」
ホープが頬を膨らませ、ニーナが笑い転げる。
ナナミはその隣で、幸せそうに微笑みながら皿を抱えていた。
数時間前は命の危機の真っ只中。
でも今は──まるで長年の友人のように、三人は自然に寄り添っていた。
「ナナミちゃんのあの横薙ぎ、マジで痺れたよな!」
「わかる!あそこでナナミちゃん居なかったら、たぶん私たち危なかったもん!」
「え、えへへ……そんなことないよ……」
ナナミが照れすぎて肩を縮め、耳まで真っ赤になる。
その時だった──
「お? ここにいたのね」
低く落ち着いた声。
振り返ると、皿を片手にグレイスが立っていた。
「グレイスさん!」「お疲れさまです!」
ホープとニーナが嬉しそうに手を振る。
グレイスは目尻を和ませて微笑んだ。
「ふふ……すっかり仲良くなってるわね」
視線が自然とナナミに向く。
「ナナミちゃん。最後まで頑張ってくれてありがとう。
そして……怪我がなくて、本当に良かった」
「っ……」
ナナミが胸の奥を掴まれたように瞬きを止める。
その言葉は労いであり、心からの安堵だった。
「そうなんですよ、グレイスさん!!」
「ナナミちゃん、めっちゃすごかったんだから!!」
ホープとニーナがまるで自分のことのように得意げに胸を張る。
「ちょ、ちょっと二人とも……そんな言わないで……!」
ナナミの顔は真っ赤だ。
その隣で──
今度はシルバー級のガンツとルキアが、皿を持って近づいてきた。
「お、三人まとめてここに居たのか」
「探した」
ガンツがニカッと笑い、ルキアが優しく視線を落とした。
「アイアンであれだけ動けりゃ上等だ。助かったぜ」
「見てた……良くやった」
「えっ……あ、ありがとうございます……!」
ナナミの声は震え、目が潤んだ。
「ホープもニーナもだ。
肝が据わってた。もう二人共、いっぱしの一人前ダイヴァーだな」
ガンツが豪快に笑い、ルキアが頷く。
「怖くても逃げなかった。それが一番大事」
「う……うん……!」
ホープとニーナは誇らしげに胸を張り、ナナミも嬉しそうに目を細めた。
◆
そして──
宴席の奥から、地響きのような足音。
「おいおーーーーい!!ここに集まってんのは誰だぁ!!」
テーブルを揺らす勢いで、バルバスが酒樽片手に乱入してきた。
顔は真っ赤、しかし笑顔は満月のように豪快。
「お前らぁ!!見てたぞォ!!」
ドンッ!!と酒樽を置き、指を三人へ向ける。
「お前ら、ひよっこのクセに──骨があるじゃねぇかッ!!
あの第二波で最後まで踏ん張ったの、ちゃんと見てたからな!!」
「えっ!?」「まじ!?」「わ、私たち……?」
「そうだよバカ!!お前らだよ!!ガハハハハ!」
バルバスの笑い声が、宴をさらに揺らす。
「お前らみたいな若い芽は大事にすんだよ。
どんどん食え!飲め!今日はアクア・ヘイヴンの英雄様なんだからな!!」
「ええええええ!?!?」「え、英雄!?」
「や、やめてよバルバスさん!!」
ナナミの顔は完全に熟したトマト色。
ホープは舞い上がり、ニーナはうれし涙をこぼしそうになっていた。
グレイスも、ガンツも、ルキアも──
三人の反応を見て優しく笑っている。
潮騒が窓の外で静かに鳴り、
クランホームには笑い声が絶えない。
戦いは終わり、英雄たちの夜が、今、始まったのだ。
ナナミたちの胸には、確かなものが芽生えていた。
恐怖を越えて戦ったこと。
仲間と呼べる存在ができたこと。
自分の名前と勇気が、この街の中に少しだけ刻まれたこと。
それは小さな一歩かもしれない。
でも──大海原へ続く、確かな“最初の一歩”だった。
アクア・ヘイヴンの夜は、祝福に満ちていた。
──第三章 終幕。
第三章、完結です。
ここまで読んでいただいて、ありがとう。
ロートシルト




