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アビス・グランブルー 〜クラン追放された最底辺ダイヴァー、わたしはやめたくなかった〜  作者: ロートシルト@アビス・グランブルー、第四章も毎日20時更新!
第三章 アイアン級

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第五十三話 宿敵への咆哮、放たれた一閃

 アッシュが右から、バルバスが左から──水を裂き、一直線にワン・アイドへ向かっていた。


 海が震え、重い水圧がひずむ。

 巨大海魔ワン・アイドの巨躯は、まるで海そのものが形を取ったかのように圧倒的で、

 振るわれる触手一本が海流を歪ませ、潮の流れを逆巻かせていた。


「いきますよ、バルバスさん……! 私は右!」

「ああ! なら俺は左から刺す!!」


 互いの視線が交差し、息が一致する。


 その表情には恐怖ではなく、熟練の信頼と闘志だけが燃えていた。

 ふたりは同時に魔力を全身へ巡らせる──

 海水が震え、周囲に白い泡が細く渦を描く。


 ワン・アイドの唯一の眼は前方のシルバー級へ釘付けになっており、

 まだ二人の接近を捉えていない。


「……ッ! 今だッ!!」


 アッシュが海を切り裂くように右側へ旋回し、

 ランスに蒼白い光が走った。


 バルバスは逆側で海底を蹴り、

 トライデントの刃先に雷鳴のような魔力を凝縮させる。


 軌跡が二本の白い閃光となり──

 同時に、触手へ叩きつけられる。


 ズバァァァンッ!!


 音すら呑み込む海中で、衝撃が水をぶち割ったように炸裂した。


 黒い海水が跳ね散り、

 ワン・アイドの分厚い触手が左右一本ずつ、豪快に千切れ飛ぶ。


「ブォォォォォォォォォ──!!」


 怒号とも悲鳴ともつかない咆哮。

 その一つだけの巨大な眼が、ぎょろりと二人を捕えた。


「しま──っ!」


 残った触手が唸りを上げ、

 稲妻のような速さで二人へ襲いかかる。


「うおおおっ!?」

「ぐっ……ッ!」


 アッシュもバルバスも咄嗟に武器を構え、

 全身へ魔力を集中、衝撃を受ける。


 触手と武器が噛み合う瞬間──

 海そのものが爆ぜるような重圧が押し寄せ、

 ふたりの身体は大きく海中へ弾き飛ばされた。


 それでも、折れず、死なず。

 ぎりぎりで生存を掴み取る。


「くそっ……!でも、決まった……!」

「効いてる……!!」


 ふたりが体勢を立て直すその瞬間──



 黒い水流を切り裂き、

 ひとつの影が、ワン・アイドの死角から疾風のように飛び込む。


「……!! グレイスさん!?」

「あの距離から……行った……!」


 ナナミたちの視界に、その姿が鮮明に映った。


 グレイスの背中から抜き放たれたのは、

 常に彼女が背負っていた、異様に大きなハープーン。


 重い。

 体格に対して明らかに過剰なほどの巨大さ。

 武具としても、常時持ち歩くには不便すぎる代物。


 だが──

 それを背負い続けてきた理由が、今ナナミには理解できた。


 すべては、この瞬間のため。


 あのハープーンは“護るため”ではなく、

 “討つため”に作られた武器だと。


 

 ◆



 ──グレイス目線──


 かつて海底で消えた仲間の血と叫び。

 水が赤く染まり、最期の声すら海に呑まれたあの日。


(──アタシは、絶対に忘れない)


 グレイスは何年もその重さと共に生きてきた。

 仲間を奪った海魔への憎しみと、

 “倒す”という誓いを、背に負って歩き続けた。


 海の街に笑顔が増えるたび、

 自分だけが過去に縛られている気がして、

 苦しくなる夜も何度もあった。


 それでも、決して手放さなかった。


(この瞬間のために、アタシは生き残った……そして背負い続けた!)


 グレイスの心臓が、ひとつ強く脈打つ。


 海中の時間がねじ曲がったように静まり返り、

 ワン・アイドの巨大な眼が正面から迫る。


 待ち望んだ瞬間。手を伸ばし続けた瞬間。

 

「──仇だッ!!!」


 魂の底から迸る、怒りと悲しみの咆哮。


 ハープーンに魔力が満ち、

 刃が眩い白光を放った瞬間──

 海流が逆巻き、その瞬間の海の流れすら変える。


 グレイスが全身の筋肉をしならせ、

 その巨大なハープーンを真正面から突き込んだ。


 ドガァァァァァァァァンッ!!!!


 海が割れた。

 そう錯覚するほど、途方もない衝撃が走る。


 遥か後方にいたナナミの頬すら、

 衝撃波が“風”のように撫でていった。


「うそ……海の中なのに……風みたい……!」


 ワン・アイドの眼の中心へ──

 ハープーンが深々と、骨も肉も貫いて突き刺さる。


 黒い血が噴水のように噴き上がり、

 周囲の海水を一気に濁らせた。


「グォオオオオオオオオオオォォォォォッ!!!!!」


 海底まで震えるほどの絶叫。


 ワン・アイドの巨体がのたうち、

 周囲の海流が渦を巻く。


 岩場が揺れ、海底の砂が巻き上がり、

 周囲にいたダイヴァーたちが思わず身体を固めた。



「い、いった……!!」

「グレイスさんの一撃だ!!」

「残った眼を──貫いたぞ!!」


 歓声とも、驚愕ともつかない声が上がる。

 海中の空気が一気に爆ぜたように沸き立つ。


 誰もが知っている。

 あの一撃がどれほどの意味を持つのか。


「すげぇ……本当に……刺さった……!」

「信じられねぇ……!あの硬い皮膚を……!」


 その中心で──


 グレイスはまだハープーンを離していなかった。

 震える腕で、宿敵に最後の力が届くまで押し込み続ける。


 胸の奥の傷が、初めて“前へ進む”音を立てた。


(これで……やっと……)


 ワン・アイドは苦悶の咆哮を上げながら、

 もがき、うねり、海中を暴れ狂う。


 そのど真ん中に立ちはだかりながら、

 グレイスはただひとつの想いだけを胸に、

 宿敵への渾身の一撃を刻みつけていた。

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