第五十一話 激突
迫りくる影は──さっきよりも濃く、重い。
水圧すら震わせるような怒号混じりのうねりが、こちらへ真っ直ぐ迫ってくる。
「数……もっと多い……っ!」
「オーガ・カサゴにシェード・フィッシュ、サージ・オッターまで……さっきの倍はいるぞ!」
周囲のダイヴァーたちがざわつき、呼吸がざらつき始める。
その空気を断ち切ったのは、ふたたび響いたあの声だった。
『まだ1人も脱落してねぇ!!』
海流ごと揺らすような、バルバスさんの叫び。
『踏ん張れ!ここが見せどころだ!!
安心しろ!後ろには──俺たちが控えてる!
何かあったら必ずフォローするッ!!
シルバー級は後方から前進開始!!』
その声は恐怖を吹き飛ばし、胸の奥まで震えるほどまっすぐだった。
後方に控えていたガンツさん、ルキアさんを含むシルバー級10人ほどが前進し始める。
「バルバスさん達が……後ろにいるよな……!」
「なら、行ける……っ!よし──行くぞーーーッ!!!」
「おおおおおおおっ!!」
どっと海が揺れるほど、ダイヴァーたちが一斉に突撃した。
ナナミも、ニーナも、ホープさんも──身体が自然と前に出ていた。
◆
第二波との激突。
シェード・フィッシュが視界を乱すように泳ぎ、オーガ・カサゴが横合いから噛みつこうと迫る。
「こっち来ないでっ!」
ナナミは左腕のアームガードで海魔の攻撃を弾き、スピアーランスを横薙ぎに振り、水を切る一閃で二体を撃破。
「ニーナさん、右から来るよ!」
「任せて!」
ニーナが鋭い蹴りで海魔の軌道をずらし、その隙にホープさんが突っ込む。
「どけぇぇッ!!」
ホープさんの両手短槍がサージ・オッターの突進を受け止め、そのまま胸へ深く突き刺さる。
海魔が力尽き、沈む。
「くっ……まだ来るぞ!」
その時だった。
ナナミの視界の奥。
第二波の“さらに奥”で──
とてつもなく巨大な影が、ゆっくりと動いた。
◆
暗闇の海を割るように、巨大な触手がゆらりと揺れる。
皮膚は黒く光り、何本もの吸盤が不気味に光っていた。
そしてその中心──
つぶれた片目。
そこに宿るのは、深海に棲む捕食者だけが持つ、底知れない憎悪。
「あれ……っ」
ナナミの息が止まった。
胸が凍る。
「な、なんだあれ……デカすぎ……っ!」
「ひぃっ……!触手が……!」
周囲のダイヴァーが一瞬で怯む。
──だが。
(大丈夫よ、ナナミ)
ふっと、頭の内側にアストラルの優しい声が響いた。
(この距離なら、あの海魔からの攻撃は届かない。まずは“慣れて”)
(……う、うん……)
ナナミは喉を鳴らし、心臓の鼓動を整えた。
怖い。
でも──見失わない。
◆
次の瞬間。
『ワン・アイドを視認したなッ!!』
バルバスさんの声が、海中に轟く。
『シルバー級──突撃開始ッ!!
俺たちゴールド級も続く!!』
「了解!!」
「行くぜ、ルキア!」
「……前進する」
サポートに当たっていたシルバー級ダイヴァー──ガンツとルキアが、まるで槍弾のように加速した。
サージ・オッターが行く手を塞ぐ。
だが──
「退けェッ!!」
ガンツの一撃が海を震わせ振動が波を伝わる、サージ・オッターを一撃で撃破していた。
「道、開けるわよ!」
ルキアのスレンドスピアが閃き、シェード・フィッシュを二体まとめて貫く。その後早業で背中のボウガンを構え──連射。
オーガカサゴ三体の額に矢が突き刺さり、力を無くす。
他のシルバー級ダイヴァー達もどんどん、海魔を撃破していく。
まるでそこに“水路”ができたように、道が開いた。
「す、すげぇ……!」
「つえぇ……さすがシルバー級……!」
「俺たちもやるぞ!」
ワン・アイドの圧に押されかけてたブロンズ級以下のメンバーも奮闘し、海魔群を押し返し始めた。
ダイヴァーたちの善戦、感嘆を背中に、シルバー級以上のダイヴァー達は──ワン・アイドのもとへ突き進んでいった。
◆
巨大な触手がゆらりと揺れる。
黒い皮膚。
沈むような圧。
潰れた片目が、まっすぐこちらを捉える。
──海底の悪夢、ワン・アイド。
決戦が、始まろうとしていた。
⸻続く




