第四十九話 仇の海へ
《ワン・アイド迎撃部隊》の一角で、ひときわ大きな影がこちらに歩いてくるのが見えた。
髭をたくわえ、精悍な顔立ち。
年は四十前後だろうか。
胸板も腕も厚く、そして──首元には眩しい光を放つ ゴールド級の潜海証。
(……この人……)
近づくだけで、空気が変わった気がした。
「……久しぶりだな、グレイス」
重く落ち着いた声だった。
グレイスさんは一瞬だけ肩を強張らせ、
それから静かに微笑んだ。
「……お久しぶりです、バルバスさん。
お変わりないようで」
バルバス──
《ネーレウス》のクランマスター。
その隣には、長めの前髪をかき上げ、
鋭い目をした三十代ほどの男性が立っていた。
こちらも首にはゴールドの潜海証。
「アッシュさんも……お久しぶりです」
「おう、グレイス。ガンツにルキアも。
無事で良かったよ」
アッシュ──
ネーレウスのサブマスターで、
かつてのグレイスさんの直属の上司でもあるらしい。
◆
「潮騒の宴が揃って来てくれるとはな……来るとは思ってたが、本当に助かる」
バルバスが腕を組む。
「発見者のバニッシュ・クランが動けない以上、
この数の戦力は大きい」
「……動けない?」
グレイスさんが眉を寄せた。
「エクセイルさんは?」
ガンツさんも思わず聞き返す。
アッシュは表情を曇らせた。
「バニッシュのマスター・エクセイルは、
深海ダイヴに挑んで失敗した。
助かったが……重傷で療養中だ」
「……っ!」
かつてナナミを追放したその名を聞き、ナナミは胸が跳ねた。
「ワン・アイドを発見したメンバーもな。
ヤツの一撃で魔力膜を全損し、命からがら満身創痍で帰還したらしい。
今回は出撃不可能だ」
私は心の中でそっと胸を撫で下ろした。
(……良かった。向こうと顔を合わせずに済む……)
以前のバニッシュクランとの絡みが頭をよぎり、
ほっとしてしまう自分がいた。
(ナナミ……気にしなくていいわ。あなたは悪くないのよ)
(……うん。ありがとう、アストラル)
◆
グレイスさんは気持ちを切り替えるように一歩前へ進む。
「アッシュさん、作戦は?」
「ああ。説明する」
アッシュは手元のメモをめくりながら、静かに口を開いた。
「ワン・アイドは現在、X18、Y24ほどの海域。
推定深度80前後だ」
周囲のダイヴァーたちの表情が一気に引き締まる。
「そこまで船で移動する。
ポイントに着いたら全員で一斉にダイヴだ」
海図が広げられ、海域に赤い印がつけられる。
「ただし──周囲に大規模な小型海魔の群れも確認されている。
ワン・アイドの“呼び寄せ”だろう。
まずは先発隊として、ブロンズ級以下のダイヴァーが隊を組み、道を開く」
ニーナさんとホープさんが小さく頷く。
「ゴールド・シルバー級は極力、魔力を温存。
最後の“本隊突入”のために力を残せ。
特にゴールド級のグレイスとアッシュ、俺の三人がキーだ。
ルートが確保されたら、ゴールド・シルバー級で一気にワン・アイドへ突撃。残った目を潰し、視界を奪う」
最後にバルバスが補足する。
「戦利品や海晶核は全員で回収、後で一括精算後にランク別で分配だ」
「合理的ね。賛成だわ」
グレイスさんが即答する。
ガンツさんも腕を組んでうなずいた。
「潮騒の宴の中では……
ブロンズ級のホープ、ニーナは先発だな。
ナナミちゃんは……アイアン級だから、特に無理するなよ」
「……はい」
「危なくなったらすぐ引け。
ホープとニーナも、お前たち二人がナナミちゃんを見てやってくれ」
「任せて!」「了解!」
(ナナミ。気負うことはないわ。
あなたはあなたの役割を果たせばいいの)
(うん……!)
◆
ほどなくして、号令が響き渡る。
「全隊──乗船開始!!」
港に並ぶ大型船へダイヴァーたちが一斉に乗り込んでいく。
私たち潮騒の宴も乗船し、
エンジンが唸りを上げると、船はゆっくりと沖へと進み出した。
重い海風が吹き抜け、
デッキでは武器の最終確認をする者、
深呼吸をして集中する者など、
誰もが戦いに備えていた。
「ナナミちゃん、緊張してる?」
ニーナさんが肩をつついてくる。
「……すこしだけ」
「大丈夫だ。ナナミちゃんならやれる」
ホープさんが笑う。
「……必要なら、援護する」
ルキアさんも静かに言った。
グレイスさんはそんな私たちを安心させるように微笑む。
「ナナミちゃん。怖がらなくていいわ。
私たちがついてるもの」
(ナナミ。大丈夫よ。
あなたは昨日の戦いで、彼らに認められたの)
(……ありがとう、アストラル)
◆
「全員──ダイヴ準備ッ!!」
アッシュの声がデッキ全体に響く。
ナナミは左腕にアームガードを装着し武器を構える──。
船が指定ポイントに到達すると、
海面は暗く沈み、
深海へ続く黒い縦穴のように不気味な輝きを放っていた。
「行くぞッ!!」
号令とともに、次々とダイヴァーが海へ飛び込んでいく。
私たちも、縁に立つ。
「……よし。
ナナミちゃん、行きましょう!」
「はいっ!」
私は強く息を吸い──
海へと身を躍らせた。
──続く。




