第四十八話 潮騒の宴の過去と“隻眼の海魔”
ギルドを出て、私たちは港へ向かって歩き出した。
朝の潮風が頬に触れる。
けれど胸の奥には、これから向かう戦いへの緊張がざわついていた。
「……あの、グレイスさん」
「どうしたの、ナナミちゃん?」
歩きながら、私は思い切って聞いた。
「グレイスさんたち……どうして《ワン・アイド》の情報を、もう知っているんですか……?」
その瞬間、先頭を歩いていたガンツさんが足を止めた。
ルキアさんもチラリとこちらを見たが、すぐ前へ向き直る。
グレイスさんは少しだけ目を伏せ、ゆっくりと息をついた。
「……ナナミちゃん。
あなたにも知っておいてほしいことがあるの」
◆
「まず、ネームド海魔っていうのは──」
説明を始めたのはホープさんだった。
「同じ種の海魔の中でも、別格に強い“特異個体”のこと。
普通の海魔の数倍〜十数倍以上の耐久や強さを持ってて、
場合によっちゃ固有の能力を持ってるものもいる」
「海の生態系の『変異種』ってやつね!」ニーナさんが続ける。
「討伐すると特別な素材が出やすいし、代わりにめちゃくちゃ危険!」
ネームド海魔……そんな存在がいるなんて知らなかった。
(ナナミ、私たちが昨日相手にした海魔とは“質”が違うわ。
普通のアイアン級が挑める相手じゃない……)
アストラルの声が慎重だった。
私はごくりと唾を飲み込む。
「じゃあ……ワン・アイドは、その……特別に強い海魔……?」
「そうよ」
グレイスさんが静かに頷いた。
「ワン・アイドは、コロッサル・スクイードという大型海魔。
元々大きい種の海魔だけど……それが更に巨体。あとは──“片目を潰されている”の」
私は目を瞬いた。
「片目……?」
「ええ。その隻眼のせいで《ワン・アイド》と呼ばれるようになったわ」
◆
そこでガンツさんが前を向いたまま言った。
「グレイス、あれも聞いておいてもらった方がいい」
「ガンツ……」
「一緒に潜るなら、隠すべきじゃない。
舐めてかかって死んじまったら、後悔するからな」
強面だけど、声は優しかった。
グレイスさんは少し迷ってから──
覚悟を決めたように私へ向き直った。
「……ナナミちゃん。
私たち“潮騒の宴”は、もともと違うクランに所属していたの」
「え……?」
「《ネーレウス》ってクランよ。聞いたことあるでしょ?」
「……っ!?ある、あります!」
アクア・ヘイヴンで二大クランと呼ばれる、
バニッシュクランと肩を並べる大所帯。
その名前を私が知らないはずがない。
「私たちは全員、そこで潜っていたの」
「その時よ、ワン・アイドと初めて遭遇したのは」
ルキアさんがぽつりと言う。
その表情は、いつもよりさらに硬かった。
◆
グレイスさんは少し空を仰ぎ、痛みを噛みしめるように続けた。
「……私たちは、ダイヴ中にワン・アイドに襲われて……。
太刀打ちできずクラン全員で必死に逃げたけど──」
言葉が震えていた。
「私の……親友のダイヴァーが、
私たちを逃がすために囮になって……最後に、ワン・アイドの片目を槍で刺し貫いたの」
胸の奥が締め付けられる。
グレイスさんは、唇を噛みしめながら言った。
「その一撃のおかげで私たちは皆、生きて帰れた。
でも……その子は、帰ってこなかった」
「……」
「それからよ。
私たちがネーレウスを離れたのは」
ガンツさんが重い声で言う。
「クランはワン・アイドの捜索を許さなかった。
“仇討ちなんて忘れろ。功績を取れ”ってな。
だが俺たちは仲間の仇を置いて功績なんざ欲しくなかった」
「私たちは……仇を討ちたかったの。だからクランを離れた」
グレイスさんの声がかすれた。
「でも、あの時の私たちでは……勝てなかった」
(ナナミ……彼らの痛みが伝わってくるわね)
(……うん……)
◆
そして港が見えてきた頃──
私はぎゅっと自分の胸の前で拳を握った。
「グレイスさん……」
彼女が振り向く。
「ワン・アイド……倒しましょう」
グレイスさんの瞳がかすかに揺れた。
「あなたの親友の……仇を」
その言葉に、彼女の肩が震え──
絞り出すように笑った。
「……ありがとう、ナナミちゃん」
◆
やがて港に到着すると──
その光景に、私は息を呑んだ。
「わっ……!」
大型船がずらりと並び、
その周囲にはダイヴァーたちが大量に集まっていた。
全員、潜海装備を整え、
武器の点検をし、
仲間と作戦を確認している。
ざっと見渡しただけで──
50名以上。
アクア・ヘイヴンを拠点とする、数あるクランや
クラン未所属の野良のダイヴァーまで、一気に集結しているのが分かった。
「すっご……!こんなに集まるんだ……!」
ニーナさんが感嘆の声を上げる。
「まあ、ネームド海魔だからな」
ホープさんが肩をすくめる。
「おい、潮騒の宴だ!」
「グレイスさんたち来たぞ!」
周囲のダイヴァーがざわめき、こちらを振り返る。
その注目を浴びながら──
私は深呼吸した。
(ナナミ。覚悟はできてる?)
「うん……行くよ、アストラル」
こうして私たちは、
《ワン・アイド迎撃部隊》へと合流した。
──続く。




