第四十七話 ナナミの決意
張り紙を見つめたまま、私はそっと息を呑んだ。
《緊急ミッション:ネームド海魔“ワン・アイド”迎撃》
(……ワン・アイド。聞いたことがない……)
背中をひやりと汗が伝う。
周囲のダイヴァーたちは深刻な顔でざわつき、誰もが緊張の色を浮かべていた。
その時──
「ナナミさん」
「……っ!」
すぐ後ろから声がして、肩が跳ねた。
振り返ると、受付嬢ミストさんが心配そうに眉を寄せていた。
「アイアン級のナナミさんには……今日の海は危険です。
“ワン・アイド”は、私たち受付でも脅威ランクの高い海魔として扱われていて……。
だから今日は潜らない方が……」
「あ、あの……私は──」
言葉に迷いかけた、その瞬間。
「……ナナミちゃん!」
「おっ、いた!」
「おはよ〜!」
賑やかな声が重なり、私は思わず振り向いた。
そこには──
海の潮騒クラン全員、五人が勢揃いしていた。
グレイスさん、ホープさん、ニーナさん。
そして──
がっしりした体格で優しげな瞳の男性ダイヴァー、
大きなアームガードを装着し首にはシルバー級の潜海証。
無表情で静かな雰囲気。長髪の女性ダイヴァー、
背中には大きな海中ボウガンを背負っている。隣の男性と同じくシルバー級の潜海証を提げている。
初めて見る二人に、思わず背筋が伸びた。
「このイカつい男性はガンツ、仏頂面の女性はルキアよ。どちらもウチのシルバー級ダイヴァー」
グレイスさんが初対面の二人を紹介してくれた。
「ガンツだ!よろしくな!ナナミちゃん!」
「よろしく……ニーナが可愛いって言ってた子ね……」
ニーナが’’ぼっ’’と顔を紅くした。
「ちょっとルキアさーん!」
緊張感が溢れたギルド内の雰囲気が少し和らいだ。
◆
「さて。ナナミちゃん、依頼書……見たのね」
グレイスさんが穏やかに歩み寄る。
でもその声色は、どこか硬かった。
「アイアン級のあなたには、ネームド海魔の相手はまだ早いわ。
ミストちゃんの言うとおり……今日は海に潜らない方がいい」
「……っ」
その真剣さに胸が苦しくなる。
だけど──
「いやいやグレイスさん、それは違うって!」
勢いよくニーナさんが割り込んできた。
「ナナミちゃんはアイアン級だけど、実力はぜっったい私より上だよ!
昨日だって私の背後の海魔、ふつうに一瞬で倒してたし!」
「そうそう!」ホープさんも腕を組んでうなずく。
「海魔の接近に、グレイスさんより早く気づいてたんだよね?
一人で二体瞬殺したの……俺、気付いてすらいなかったぞ! ガチで強いって!」
「ちょ、ちょっと二人とも……!」
グレイスさんは言い返そうとして──
昨日のナナミの動きを思い出したのか、言葉を飲み込んでしまった。
(ナナミ……褒められてるわよ。もっと胸を張ってもいいのよ?)
「……でも……」
グレイスさんの迷いを断つように、ガンツさんが前へ出た。
「その腕が本物なら、戦力としては十分だ。
ワン・アイドは広範囲に小型海魔を呼ぶ。
戦える人数が多ければ多いほど助かる」
低く落ち着いた声だった。
続いてルキアさんが短く言う。
「……必要。
ワン・アイド……増援、多い。
処理、速い方がいい」
簡潔な言葉だけど、芯があった。
◆
グレイスさんはしばらく黙った後──
私の目を真っ直ぐに見つめた。
「……ナナミちゃん。
もし良ければ、私たちに力を貸してくれないかしら?」
言葉は丁寧だけど、その奥に本気の信頼があった。
「ただ……危険も伴うわ。私達の力をもってしても、敵わないかもしれない。
あなたはまだアイアン級だし、無理をしてほしくはないの。
断ってもいい。怖いと思うなら、それでいいのよ」
胸がきゅっと熱くなる。
(ナナミ。あなたには、少し早い相手かもしれない。
……でも、あなたが望むなら私は止めないわ。
行くなら、覚悟だけはしっかりしなさい)
「アストラル……」
(あなたが決めなさい。彼らを助けたいと思うなら──私も力になる)
静かな声だけど、強かった。
◆
私はグレイスさん、ホープさん、ニーナさん、
そして初めて会ったガンツさんとルキアさんの顔を順に見た。
みんな心配してくれて。
仲間として扱ってくれて。
胸の奥がじんと熱くなり、私はそっと拳を握る。
「……わたし……行きたいです」
自然と、言葉がこぼれた。
「昨日、一緒に潜って……
グレイスさんも、ニーナさんも、ホープさんも、すごく優しくて……。
みんなの力になりたいって……思いました」
息を吸って──はっきりと言う。
「ワン・アイドの討伐……私にも、行かせてください!」
その瞬間──
「よっしゃあーーー!!」
「ナナミちゃーん!!」
「助かる!」
ニーナさんとホープさんが飛び跳ね、
ガンツさんとルキアさんは静かに頷き、
グレイスさんは、ほっとしたように笑った。
「……ありがとう、ナナミちゃん。
一緒に来てくれるの、心強いわ」
(ふふ。さあ行きましょう、ナナミ。
嵐は来るけれど……あなたはもう一人じゃない)
胸に小さな鼓動が灯った。
横で成り行きを見守っていたミストさんが「こほん」と言いながら言葉を挟む。
「ゴールド級を擁する’’海の潮騒’’クランと同行ということであれば……ナナミさん、本当に気を付けてくださいね……」
ミストさんが心配そうに、まじまじとわたしをみつめる。
「グレイスさんは聞いてると思いますが……先ほど現地に、別のクラン’’ネーレウス’’の皆さんも向かっています。共闘の上で撃退、可能であれば討伐をお願いいたします」
巨大海魔ワン・アイド迎撃──
その戦いへ、私は“仲間”と共に向かう。
──続く。




