第四十四話 潮騒の宴の打ち上げ
アクア・ヘイヴンへ戻った頃には、空はすっかり夜の色を纏っていた。
港灯の優しい光に照らされながら、私たちはダイヴァーズギルドへ向かう。
「は〜疲れた〜!でも楽しかったなぁ今日!」
ニーナさんが伸びをしながら跳ねる。
「成果も十分だしな。あとは納品して金勘定だ!」
ホープさんは足取りが軽い。
ギルドの前に立つと、潮の匂いの奥に、微かに料理と酒の香りが混じる。
この街の夜は、どこか温かい。
◆
納品カウンターに着いたところで、私はそっと三人に声をかけた。
「あの……グレイスさん、ニーナさん、ホープさん。
フロート・カニと……潮珠ホタテを少しだけ、個別にもらえたりしますか?
その……宿の方に、お礼がしたくて……」
「お礼?」
ホープさんが目を丸くする。
「うん……いつも優しくしてくれるから……。
少しでいいんです、ほんの少しだけ」
言い終わる前に──
「もちろんいいよ!」
ニーナさんが食い気味に即答した。
「ナナミちゃんの助けがなかったら、今日こんなに集まってないし!」
にっこり笑って続ける。
ホープさんも頷き、
「俺も賛成!いいじゃん、そういうの!」
最後にグレイスさんが柔らかく答えた。
「ええ、もちろんよ。あなたのお礼なら、きっと喜ばれるわ」
胸の奥がじんわり温かくなる。
(……みんな、本当にやさしい)
◆
採取物を仕分けて納品すると、ミストさんが金貨の入った袋を四つ置いた。
「本日の成果は──合計金貨22枚になります」
聞いた瞬間、三人が「よっしゃ!」と拳を上げる。
グレイスさんは袋を手に取り、少し考えてから言った。
「じゃあ……一人あたり金貨5枚と銀貨5枚ずつね」
「え!?わ、私……そんなにもらえません!」
私は慌てて首を振る。
「グレイスさんはゴールド級で、戦闘だって本当にすごくて……。
私が同じ額なんて、おかしいです」
するとグレイスさんは、穏やかに目を細めた。
「そうかもしれないけど──
“潮騒の宴”は、誰がどんなランクでも、成果は均等分配なの」
「え……」
「新人のうちは必要な物も多いしね。
今日は特にあなた、たくさん動いてくれたでしょう?
遠慮しないで受け取っておきなさい」
あまりにも温かい声で、返す言葉が消えてしまった。
「……はい。ありがとうございます」
袋を抱えた瞬間、胸の奥がじんと熱くなる。
悔しいほど嬉しくて、泣きたくなる。
◆
「よし!金も入ったし──打ち上げ行くべ!!」
ホープさんがいつもの大声で言った。
「賛成!」
ニーナさんが即挙手。
そして私の方を向き、覗き込むように問いかけた。
「ナナミちゃんも行こ!今日めっちゃがんばってたし!」
「え、ええと……あの……」
(い、行ったほうが……いいのかな……)
戸惑っていると、アストラルがそっと囁く。
(行っておいで、ナナミ。あなたは仲間なんだから)
胸の奥が少し軽くなる。
「……うん。行きます」
「やったぁーっ!!」
ニーナさんがぴょんと跳ねる。
するとグレイスさんが微笑みながら言った。
「じゃあ、私が知ってる店に行きましょう。料理がとびきり美味しいのよ」
その“とびきり美味しい店”に着いて──私は固まった。
「えっ……ここ……」
陽だまりのような木目調の建物。
丸っこい子ブタが波に乗って笑っている。
いつもの看板の……あの宿。
「海辺の子ブタ亭だー!」
ホープさんが笑う。
「偶然よ。味が良くて落ち着くから、よく利用してるの」
まさか、宿の常連さんだったなんて。
◆
子ブタ亭に着くと、厨房からスコットさんの包丁の音が響き、
カウンターでテリィがちょこんと座っていた。
「……ナナミおねえちゃん?」
私を見るなり、目をぱぁっと輝かせる。
「ただいま、テリィ」
「おかえり……!」
走って抱きついてきた彼の頭を撫でながら、荷物から包みを取り出す。
「これ……今日拾ったフロート・カニ。
テリィにあげたくて……」
まるまるしたカニは……ぷくぅ、と泡を吹いた。
「フロート・カニだぁ……これで今いる子も、寂しくなくなる!」
テリィは胸に抱きしめ、頬をゆるませた。
「ありがと……ナナミおねえちゃん……!」
嬉しすぎて言葉が詰まってる。
それがなんだか、とても愛しかった。
◆
次に、私は厨房にいるスコットさんに近づく。
「スコットさん、これ……
潮珠ホタテ。今日拾えたんです……どうぞ」
スコットさんは動きを止め、ホタテをじっと見つめ──
「……良い質だ」
「わ、分かりますか……?」
「当然だ。ありがとう。預かる」
短い言葉。
でもその声には、確かな歓迎と、料理人の喜びがあった。
「今日のお前達の打ち上げ料理に……使えるな」
「ほんと!?」
「……期待してろ」
スコットさんが少しだけ口元を緩めた。
それだけで、この宿に帰ってきたんだと胸が温かくなる。
◆
「じゃあ、席に座りましょうか!」
グレイスさんが案内し、私たちはテーブルへ。
厨房からは、潮珠ホタテに火を入れる香ばしい匂い。
ホープさんが思わず唾を飲む。
「すげぇいい匂い……!」
「この店、こんな美味しそうだったんだ……!」
ニーナさんがわくわく揺れている。
私は胸に手を当てて、静かに息を吸った。
(……ここで、“仲間と一緒に”食事をする日が来るなんて)
その幸せが、とっても嬉しかった。
「ナナミちゃん、今日もよく頑張ったね」
グレイスさんが優しくグラスを掲げる。
「……はい!」
カン、と軽い音が響く。
そしてスコットさんが運んできた潮珠ホタテは、火を入れた貝殻の奥で淡く光り、テーブルを柔らかく照らした。
湯気と一緒に立ちのぼる海の香りに、ニーナさんが「絶対おいしいやつだ〜!」と身を乗り出す。
ひと口食べたホープさんが、目を丸くしたまま固まる。
「……甘っ!やべぇ、これ優勝……!」
「本当ね。潮珠の旨味が見事に引き出されてるわ」
グレイスさんが静かに微笑む。
私も続いてスープを口に含むと、胸の奥がじんと温かくなった。
「おいしい……」
ただそれだけの言葉なのに、三人は嬉しそうに笑ってくれた。
光るホタテを囲む夜は、とても優しくて──
今日が終わってほしくないと思うほど幸せだった。
―――続く。
【ナナミのお財布】
金貨19枚
銀貨14枚
※本来は銀貨10枚⇒15枚だが打ち上げで銀貨1枚支出




