第四十二話 私はもう戻らない
ギガント・ホエールの背は、もう夕陽に染まり始めていた。
長い一日の採取を終え──
私たちの採取カバンは、どれもぱんぱんに膨らんでいる。
「ふぅ〜……!今日の成果、最高じゃない?」
ニーナさんが腕を伸ばしながら笑う。
「だな!オレらだけじゃ絶対ここまで集められなかったぜ」
ホープさんも満足げに頷いた。
「ナナミちゃんのおかげで怪我もなく……予定よりずっと早く終わったわ。ありがとう」
グレイスさんの微笑みは、海風より温かい。
胸がじんとする。
“ありがとう”なんて言われる日が来るなんて、前のクランにいた頃は想像すらできなかった。
(皆……すごく優しい……)
そんなことを思いながら帰ろうとした、その時だった。
「──おい、見ろよ。あれ」
ホープさんが険しい声で呟く。
ギガント・ホエールの外れ。
揺れる海の向こうから、複数の影がこちらに向かう。ダイヴァーたちの影だ。
見るなり、心臓が凍った。
ダイン。
ライアン。
ジャンヌ。
そして見知らぬ新人らしきダイヴァーを五人も連れて──。
(なんで……ここに……)
「へぇ〜?ギガント・ホエールに稼ぎに来たと思ったら……」
ダインが、にやりと口角を上げる。
「アイアン級の雑用係じゃねぇか」
あの声を聞くだけで、体が固まる。
喉がぎゅっと締まる。
「ナナミちゃん、知り合い?」
ホープさんの声が硬くなる。
返事をする前に、三人はずかずか近寄ってきた。
「うわ〜ほんとにいたんだ。まだ海に潜ってたの?」
ライアンが嘲笑混じりの声をあげる。
「ちょっとナナミ。アイアン級になれたからって、調子に乗ってない?」
ジャンヌがわざとらしく私の採取カバンを覗き込む。
(……こわい……)
けれど──今日は、ひとりじゃない。
後ろに三人の仲間がいる。
アストラルもいる。
胸の奥に、小さな熱が宿る。
私は息を整え、三人を見据えた。
「──あなたたちなんか、私は知らない。
行きましょう、グレイスさん。ホープさん、ニーナさん」
三人の目が、同時に見開かれた。
「……は?」
ダインの顔が歪む。
「おい、待てよ!」
肩を乱暴につかまれた。
嫌な記憶が一気に蘇る。
「お前さぁ、そんなこと言っていいと思ってんのか──」
「ダイン!」
鋭い声が遮った。
ジャンヌが、海の向こうを指差す。
「海魔が複数、向かってきてる!あんた、ナナミに構ってる場合じゃない!」
「はぁ!?……ちっ!」
ダインは舌打ちし、睨みつけるように私を見下ろした。
「覚えてろよ……」
吐き捨てると、五人の新入りたちを率いて海魔の群れへ向かっていく。
遠方で戦闘が始まりが彼らの怒号が聞こえる、図らずも私たちの周りは静けさが戻る。
「他のクランが海魔と戦闘に入った以上、救援以外で割り込むのはマナー違反よ」
グレイスさんが促す。
「私たちは離れましょう」
その声は落ち着いていて、安心できる響きをしていた。
◆
ギガント・ホエールの背を離れ、アクア・ヘイヴンへ戻る途中で──
ニーナさんがぽつりと聞いてきた。
「ねぇ、ナナミちゃん。あの人たちと……何があったの?」
足が少しだけ止まる。
本心は話したくなかった。
けれど立ち会わせた以上はバニッシュのことをニーナ達に隠したり嘘をつくのはもっと嫌だった。
「……私、魔力量が少なくて。
あのクランで……雑用係をさせられてて……」
言葉が震える。
「それで……追放されて……」
「なんだって……!?」
ホープさんが怒気を帯びた声を上げた。
「そんな奴ら、許せねぇ!今日の態度もムカついたけどよ、過去はもっと最悪じゃねぇか!」
「わかる!あれはほんと無いわ!」
ニーナさんも拳を握りしめる。
「ナナミちゃん、あんなの気にしなくていいからね!」
胸が熱くなり、少し苦しくなるほどだった。
「……ありがとう。
昔は……ほんとに辛かった。でも……」
振り返る。
夕陽の中で、三人が私を見てくれている。
「今は……少しずつ、回復してる。
グレイスさんや二人がいてくれて……すごく、うれしいから……」
言いながら、涙がこぼれそうになる。
(ナナミ……偉いわ。前に進んでる)
アストラルの声が、そっと心に触れた。
◆
アクア・ヘイヴンの港に着く頃には、空は濃い藍色へ変わりつつあった。
港灯の柔らかな明かりが、私たち四人を迎える。
「今日の成果、ギルドで確認したら終わりね」
グレイスさんが微笑む。
「また一緒に潜ろうな、ナナミちゃん!」
ホープさんが親指を立てる。
「ナナミちゃん〜!絶対だよ~!」
ニーナさんも笑顔で手を振る。
私は胸に手を当てて、静かに息を吸った。
(……ここが、私の帰る場所)
そう思えることが、ただただ嬉しかった。
(ナナミ……あなたの力が彼らを認めさせたのよ)
ホープ達の声、そしてアストラルの声にナナミは励まされる。
「……はい。
また、お願いします!」
波の音が優しく寄せ、遠くでギルドの灯りが揺れる。
今日も、少しだけ前に進めた気がした。
―――続く。




