第四十話 海の長老の背で、走る影
ギガント・ホエールの背に降り立った三人……ナナミ、ホープ、ニーナは、それぞれ散開しながら採取を始めた。
一番経験があり視野が広いグレイスが警戒役をするらしい。
背中は大きくゆるやかな起伏をつくり、光る藻や鉱石が宝石のように散らばっている。
ゆっくりと揺れ動く大地のような背面は、不思議と安定感があった。
「わっ、この金色のとこ柔らかい! 海藻鉱だ!」
ニーナが短い鎌を使って、ふわふわとした藻の鉱脈を丁寧に切り取る。
「こっちは……光る真珠藻か。これ、ミストちゃん喜ぶだろうな」
ホープが透明な袋に青白い光を放つ藻を詰めていく。
ナナミは、ふと少し離れた凹凸の影に目を向けた。
「あ……これ……」
淡く緋色に染まった貝殻。
以前、一度だけ目にしたことのある希少素材──
「潮珠ホタテ……!」
(やったわねナナミ。これは“運が良い子”にだけ見つけられる食材よ)
アストラルの声に背を押されるように、ナナミは慎重に貝を採り上げる。
触れるとほんのり温かく、微かな光の粒が殻の隙間からこぼれた。
「きれい……」
そのまま採取カゴにそっと収めた時──
視界の端で、小さな影がこそこそと動いた。
「ん?」
ころん、と丸い影が海藻の陰から飛び出す。
ぷかぷか……ぷぷ……。
「……フロート・カニ!」
以前、テリィが飛び跳ねるように喜んでいたカニだ。
その小さな甲殻類は……泡に身を包み、まるで風船のようにふわりと浮かび上がった。
(あら、また会えたわね。……あなた、テリィくんの顔が浮かんでるでしょう?)
「……う、うん。これ、渡したら絶対喜ぶよね……!」
ナナミは慎重に両手を伸ばし──
ふわっ、と逃げようとしたところを上からそっと押さえ、捕まえる。
「よいしょ……わっ、軽い……」
フロート・カニを採取カゴに入れると、ころころと可愛らしい音を立てた。
(いい選択よ、ナナミ。あなたが誰かの笑顔を思い浮かべて動けるの……好きよ)
「アストラル……えへへ……」
そんな温度のある時間が続いたその時──
(……ナナミ。止まって)
アストラルの声が、急に鋭くなる。
(右後方、かなり遠い位置……オーガ・カサゴが二体。
あなたたちの方へ……いいえ──“ニーナの方へまっすぐ向かってる”)
「っ……!」
身体が強張る。
まだ距離はある。
だが、その進行ルートは完全にニーナを捉えていた。
ニーナは光る真珠藻の採取に夢中で、背後の気配に全く気づいていない。
さらにナナミは周囲に目を配る──
グレイスも、ホープも、まだ捕捉できていない。
(ナナミ、決めて。あなたなら……届くわ)
ナナミは一瞬だけ息を飲み──
次の瞬間には、スピアーランスを握りしめていた。
足元の海藻がふわっと舞い上がる。
「あれ……ナナミちゃん?」
グレイスがナナミのわずかな気配の変化を察した。
だが、声をかけるより早く──
ナナミは海を蹴っていた。
「──っぁあッ!」
一直線。
流れるように、迷いなく。
水流が裂け、海藻がひるがえり、光の粒が尾を引く。
ニーナの背後へ全速力で迫っていたオーガ・カサゴの一体目。
その額めがけて、ナナミの槍が吸い込まれるように突き刺さる。
衝撃はほとんどなかった。
ただ、確かな手応えだけが腕に残る。
ぐらり、と海魔の体が傾き──沈む。
「えっ……!?」
振り返ったニーナの目が大きく開かれた。
だがまだ一体。
(ナナミ! 左下!)
「──はいっ!」
アストラルの声に合わせて、ナナミは槍を引き抜き、身体ごと回転する。
視界の端から迫りくる赤黒い影。
息を合わせるように、ナナミはもう一度踏み込んだ。
水を裂く軌跡が、線となって海の中に描かれる。
スピアーランスが海魔の喉下に突き入り──
そのまま一直線に貫いた。
泡が弾け、海が静かになる。
残るのは、ゆっくりと沈んでいく二体の海魔、そして海晶核だけだった。
しばらくの沈黙。
「……ナナミ、ちゃん……?」
ニーナが呆然としたまま呟く。
グレイスも、驚きに目を見開いていた。
駆け出した時には、全てが終わっていたのだ。
「い、今の……ナナミちゃんが……?」
ナナミは息を整えながら、少しだけ照れくさそうに振り返る。
「ニーナさんの後ろ……危なかった、ので……!」
と、その時。
「──あれ? みんな何してんの? こっち光る真珠藻いっぱい……」
ホープが両手いっぱいに藻を抱えて振り返る。
背後には、沈んでいく二体の海魔。
「……え、海魔!?もう倒してる!? いつ来た!? 誰が!?」
「ホープ……遅い……!」
ニーナが力なく笑い、
グレイスは深く息をついた後、ほっと微笑む。
「……ナナミちゃん。あなた……本当に、すごいわ」
(ふふ。言ったでしょう? ナナミならできる、って)
アストラルの声は、誇らしげだった。
「わたしが、助けられた……!」
ナナミの胸の中にも、ほんの少しだけ自信という光が宿った。
──続く




