第三十五話 はじめての友達
ミストと共に海辺の子ブタ亭を出て歩く街の中央通りは、穏やかで、どこか甘い匂いが漂っていた。
「ナナミさん、あそこに可愛いお店があるんです。行ってみましょう!」
ミストが指さしたのは、レースのカーテンが揺れるブティック。
淡い色のワンピースや、動きやすそうな軽装まで並ぶ、女の子が胸をときめかせる空間だ。
「う、わぁぁ……すっごい……!」
(ナナミ。たまには、こういう場所も必要よ)
「うん……なんか新鮮……!」
ミストは慣れた手つきで服を選び、次々とナナミの腕にかけていく。
「これは色が合いますし……こっちはナナミさんの瞳の色に似合います。はい、着てみましょう!」
「き、着せ替え人形みたい……!」
試着室のカーテンを開けるたび、ミストが手を叩いて微笑む。
「可愛いです! こっちも似合う……あっ、これ絶対好きですよね?」
褒められ慣れないナナミの顔はずっと熱い。
(ナナミ。これは“癒やし”ね)
(うっ……うん……)
最終的に──若草色のワンピース、軽装用チュニック、薄手の羽織の三着を購入。
合計、金貨一枚の出費。
「ふふっ。いい買い物でしたね」
「うん……ありがとうミストさん……!」
◆
外へ出ると、通りから香ばしい匂いが漂ってきた。
「ナナミさん……あれ……」
「……食べたいのミストさん?」
「た、食べたい……!」
ナナミはくすっと笑う。
「うん行こ。実はわたしも……たべたい!」
二人は屋台の並ぶ通りへ。
串焼き貝。揚げ海藻チップ。蒸し魚の香草包み。
屋台の呼び声と、鉄板の音が休息日の空に弾ける。
「ナナミさん、この貝の串、めちゃくちゃ美味しいんです」
「んむっ……! おいひぃ……!」
ミストはいつもより明るい。笑顔が終始ほどけている。
「……ふふっ、ミストさん、いっぱい食べるんだね」
「わ、私……受付の仕事、けっこう体力使うんですよ……!」
二人で串やチップを分けあいながら、銅貨五枚を支払い、満足げに通りを歩く。
◆
「さて……ナナミさん、このまま市場に行きませんか?」
「うん! そうだ!回復薬を見てみたい!」
市場は職人の声、旅人の声、魔道具の音が入り混じった賑やかな場所だ。
薬草の匂いが漂う店先で、白衣を着た調合師の女性が手を上げた。
「いらっしゃい。そこの貴女、興味ありそうね?」
「えっ……あ、は、はい……!」
調合師は、棚にずらっと並ぶ薬瓶を指差した。
「回復薬ってね、ただの“飲めば治る”じゃないのよ。
効くかどうかは、素材の組み合わせと“飲む人の状態”で決まるの」
ミストが小声で囁く。
「ここの人、講義好きなんです。捕まると長いですよ」
その瞬間、調合師が振り向く。
「あなたも聞いていきなさい。
若いうちに知識を入れておくの、大事よ?」
「あ、はい……!」
(ナナミ、頑張りなさい。知識はあなたを守るわ)
ナナミは真剣に耳を傾ける。
薬草の発酵時間、海魔の毒性への効き方、濃度の違い──。
気づけば小瓶を三つ手にしていた。
「三つで銀貨十五枚ね。初心者にはちょうどいいわ」
「買います!」
薬瓶は光を受けて淡く揺れ、ナナミの胸もなんだか誇らしくなる。
◆
店を出てすぐ、ミストが立ち止まった。
「あっ、骨董品……いいですね。見てみましょう」
古びた棚に、金属の腕具──アームガードが並んでいた。
淡い黒鉄に海色の石がはめ込まれたものひとつが、ナナミの目に留まる。
「わ……綺麗……」
店主が声をかけてくる。
「お嬢さん、いい目してるね。
それは“海魔の外骨素材”を薄層加工したアームガード。
軽いのに硬い。機動を落とさず腕を守ってくれるよ」
「か、軽い……!」
手に乗せると確かに軽い。ナナミでも使いこなせそうだ。
「ナナミさん、それ……絶対あったほうがいいです」
「えっ……?」
「……ナナミさんが、怪我して戻ってきたら嫌なので……」
ミストの声に、ほんのり震えがある。
(ミストさん……心配してくれてるんだ)
優しさが胸にしみる。
「じゃ、じゃあ……買う!」
銀貨五枚を支払い、アームガードはナナミの腕へ。
「すごい……うれしい……!」
「ふふっ、とても似合いますよ」
◆
二人で市場を歩きながら、ミストがぽつりと呟いた。
「……ナナミさんって、私と同じ歳なんですよね?」
「えっ。ミストさん……何歳?」
「18です。ナナミさんも……ですよね?」
「う、うん……!」
「なんだか……歳が近いと思うと、もっと仲良くなれそうで……嬉しいです」
ミストの目が、揺れながらも優しくて──
ナナミの胸がきゅっとなる。
(ナナミ。大事な“友達”ね)
(……うん)
◆
「そろそろ……休みませんか?」
「そうだね……甘いの食べたい……」
「ふふっ、じゃあ喫茶店へ行きましょう。おすすめがあります」
ミストに案内された喫茶店は、木の香りと甘い匂いが漂う静かな空間だった。
頼んだのは──海塩キャラメルのタルトと、クリーム入りシフォン。ナナミの大好物。
「わぁ……おいしそ……!」
「いただきましょう」
カチャ、とスプーンが触れ、二人の時間がじんわりと流れる。
「ミストさん……今日、すごく楽しかった……」
「私もです。ナナミさんと過ごすと……なんだか心が軽くなるんです」
「軽くなるのは……私もだよ……!」
微笑み合いながら、銀貨一枚を支払って店を出る。
夕陽が街を金色に染めていた。
(ナナミ。いい一日だったわね)
「……うん。幸せだった……」
ミストも同じように微笑んでいた。
休息日は、静かに、温かく、終わっていく。
―――続く。
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【ナナミのお財布】
金貨14枚
銀貨10枚




