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アビス・グランブルー 〜クラン追放された最底辺ダイヴァー、わたしはやめたくなかった〜  作者: ロートシルト@アビス・グランブルー、第四章も毎日20時更新!
第三章 アイアン級

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第三十二話 怒りの海壁

 アクア・ヘイヴンの〈ダイヴァーズギルド〉。

 潮騒のざわめきと、人々の声の温度が混ざり合うその扉を、ナナミはそっと押し開けた。


「ただいま……!依頼、完了しました!」


「あら、ナナミさん。おかえりなさい」


 柔らかな声とともに、受付嬢ミストが微笑む。

 その表情だけで、胸の強張りがゆるむ。


「採取依頼〈フロート・オーブ〉ですね。お疲れさまでした。

 ──納品物は、そのまま《海辺の子ブタ亭》へお届けください。依頼主から品質確認が済んだ後に報酬をお渡しします。」


「えっ、直接……? そっか、わかりました!」


「ただし途中で手に入れた《海晶核》はギルドで買い取らせていただきますね」


 ミストは丁寧に買取台帳を開き、ナナミから渡された“青く光る核”を見つめた。


「……まさか《サージ・オッター》を……お一人で?」


「え、えっと……その……はい……」


「すごいです!光海帯の中型種を単独で討伐なんて、ソロだとブロンズ級でやっとな相手です。

 ──ナナミさんの実力であれば…昇格は近いですね」


「ほ、ほんと……!? すご……うれしい……!」


(ほら、言った通りね。あなたは確実に強くなっているわ)


 ミストは銀貨をまとめ、ナナミへ差し出す。


「買取は光海帯ランクB──銀貨四枚になります。お疲れ様でした」


「ありがとうございます……!」


 胸の奥があたたかくなる。

 少しずつ、自分が“ダイヴァーになれている”実感が積もっていく。


「ではまた。怪我の確認も忘れないでくださいね」


「はいっ!」



 ギルドを出た瞬間──

 ナナミの足が止まった。


 視界の先に、三つの影。


 ダイン。

 ライアン。

 ジャンヌ。


 かつてナナミを“使い潰していた”元クラン仲間だった。


 挿絵(By みてみん)


「はァ? 誰かと思ったら……」

 赤髪の男……ダインが眉をひそめ、ニヤつく。

「まだ生きてたのかよ、雑用係」


「ほんとにいた〜。ナナミって、まだダイヴァーやる気なんだ?」

 黒髪の男、ライアンはわざとらしく潜海証を覗き込む。


「ぷっ……アイアン級!」

 

 緑髪の女、ジャンヌは、腰に手を当ててため息をつく。

「ねぇ……本当にまだ潜ってたの? すごいわね、しぶとさだけは一流じゃない」


「……っ」


(ナナミ、大丈夫……落ち着いて……)


 アストラルの声が聴こえてはいるものの、突発的な事態のナナミの心には届かない。


「ちょっと〜、そんな怖い顔しないでよ」

 ジャンヌが顔を近づけ、わざとらしく微笑む。

「“使われること”しか取り柄がなかった子だって、頑張れば続けられるものなのねぇ?」


「おいジャンヌ、あんま言ってやるなって」

 ライアンが笑いながら続ける。

「──雑用がいなくなって、マジで困ってんだよ。

 オレらの装備、全部お前に磨かせてたからさ」


「ほんとよ」

 ジャンヌはナナミに指を向ける。

「あなたがいなくなってから、もう最悪。

 新人に磨かせたら全然ダメで……武器に錆がついたの、見たら笑っちゃった」


 三人はあざけるように笑う。


 ダインがわざと乱暴にナナミの潜海証をつまんだ。


「ほれ、見ろよ。

 アイアン級。クソみてぇに軽い」


 自分のシルバー級を目の前に掲げて見せつける。


「これが“努力したやつ”の証だ。

 ──お前には一生手が届かねぇけどな?」


 ナナミの視界が揺れ始める。

 胸が締めつけられ、息が浅くなる。


「ねぇ?」

 ジャンヌが耳元でささやくように言う。

「戻ってきなよ。あなたがいないと不便なの。

 雑用くらいしかできないって、わかってるでしょ?」


「い……いや……」


 ナナミは掠れるような声しか出せなかった。


「戻ってこいって言ってんだよ」

 ダインが肩を掴み、ぐいと引き寄せる。


「……っ!」


(ナナミが……危ない──)


 アストラルの声も霞む。

 手が震え、視界の端が白くなる。


 その瞬間──


「……おい」


 低く響く声が背後から現れた。


 三人の動きが止まる。


 振り返ると、筋肉隆々の大男──

 ブレイカーが立っていた。その顔はナナミが見るいつもの穏やかな顔ではない。青筋が立っている。


「なぁ……お前ら。

 俺のギルドのダイヴァーに……何してんだ?」


「な、なんだよ……ブレイカーさん」

 ライアンが引きつった声を出す。


「別に、ちょっと話してただけで──」


「“話してた”?」

 ブレイカーは一歩前に出る。


 ただ歩くだけで、海底の岩盤が鳴るような重さがあった。


「雑用扱いして、腕掴んで、ランクを馬鹿にして、戻れって脅して……

 それが“話”か?」


 三人が一斉に視線をそらす。


「違う……違いますって……!」


「今日はちょっと……機嫌が悪かっただけで……!」


「ほ、ほらジャンヌ、謝って……!」


 ジャンヌも蒼白になりながら、ぎこちなく口を開く。


「……べ、別に……深い意味はなかったのよ……?」


「へぇ──ナナミにはあれだけ言っておいてか?」


 声は低い。

 けれど、明確に怒りが滲んでいた。


「ウチのダイヴァーであるナナミに文句つけるってことは──俺に文句あるってことでいいんだよな?三人まとめて、今から相手してやろうか?」


 三人の顔色が、一瞬で変わった。


「お前ら、バニッシュ・クランだよな?……マスターのエクセイルも同意の上での行動なんだよな?

 話つけようじゃねぇか。エクセイルも呼んでいいぜ」


 続くブレイカーの言葉に三人の顔色はますます悪くなる。


「ひっ……!」


「べ、別にケンカ売るつもりは──」


「す、すみませんでしたぁッ!!」


 まるで逃げるように、三人は全速力でその場を離れた。


 潮風だけが、その場に残る。



 静寂。


「……ったく、アイツら」


 ブレイカーは彼らが逃げた先から視線をナナミに戻す。

 そして俯いたナナミに目線を合わせるように、しゃがみこむ。


「ナナミ。大丈夫か」


 いまだにナナミの心は、嵐の海のように荒れている。

 ナナミは小さく息を吐いた。

 震える指を押さえながら。


「……ぁ、あ……ありがとうございます……」


「いい。俺はただ、仲間を守っただけだ」


 言葉はぶっきらぼうなのに、優しかった。


「怖い思いしたら──いつでも言え。

 ギルドは、お前の帰る場所だ」


 ナナミは小さく頷くしかできなかった。

 ブレイカーはそれを確認すると、背を向ける。


「じゃあな。気をつけて帰れよ」


 その背中は、海壁みたいに大きかった。



 しばらくして、ナナミは深く息を吸う。そして胸元にある金色の石が入った小袋をぎゅっと握る。


 すると、心が不思議と落ち着いてきた。


(……ナナミ。よく耐えたわ。もう大丈夫よ)


「……うん……行こ。子ブタ亭……」


 足取りはまだ少し重い。

 でも──前へ進んでいた。


 海辺に続く坂道の向こう、温かな灯りが揺れている。


 そこが、今の自分の居場所だ。


 ナナミは胸元の潜海証を握りしめ、歩き出した。


――――続く。


 【ナナミのお財布】

 金貨15枚、銀貨19枚、銅貨5枚

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