第三十一話 サージ・オッター
フロート・オーブを後にし、ナナミは静かな海をゆっくりと泳ぎ出した。
「……ふぅ。たくさん採れたね……!」
(ええ。これだけあれば、初日の評価としては破格ね)
鞄の重さが嬉しい。
胸の内側も同じくらいあたたかく満ちていた。
「アクア・ヘイヴンに戻ったら、ミストさん驚くかな……」
(ふふ。間違いなくね)
そんな穏やかな会話を交わしていた、その時──
──水が震えた。
「……え……?」
遠くで、白い影が横切った。
形は……アシカ。
でも、その輪郭はどこか“裂けて”いて、尾びれの先には刃のような骨が覗いている。
(……ナナミ、止まって)
アストラルの声が、わずかに鋭さを帯びる。
(アシカ型の中型海魔──《サージ・オッター》)
鋭い牙、海流を纏うような滑らかな体表。
光海帯では脅威……つまり“強敵”扱いだ。
(この辺りではめずらしく強い個体よ。油断しないで!)
「……やるしかない!」
◆
海魔がナナミへ飛びかかった瞬間、
彼女は一歩“横”へ滑るように跳び、スピアーランスを低い姿勢で突き出した。
槍の先端が海魔の腹をかすめ、青い火花のような魔力が散る。
(いい回避! そのまま間合いを取って!)
しかしながら海魔はナナミの攻撃をものともせず、ずぶ濡れの弾丸のように二撃目を仕掛けてくる。
「速──っ!」
ナナミは槍を横に払って受け流し、衝撃で大きく弾かれながら後退した。
だが、その腕は震えていない。
(魔力の流し方……よくなってるわ。衝撃を“抜けている”)
「本当に……? やれる、気がする……!」
◆
海魔が咆哮とともに駆ける。
ナナミは足に魔力を滑らせ、距離をギリギリまで引きつけて──
「──っ、今!」
踏み込みと同時にスピアーランスを突き上げる。
刃の軌跡が残光を描き、海魔の喉元をかすめて深く抉った。
海魔が怯み、動きが一瞬止まる。
(ナナミ、離れて! 一撃で仕留められるほど甘くないわ!)
「わかってる──!」
ナナミは身を翻し距離を取り、深く息を吸う。
◆
海流が渦巻く。
海魔の周囲に水が集まり、まるで“水弾”を撃ち出す予兆のように膨らんだ。
(来るわよ……!)
海魔が跳んだ。
その身体が青い弾丸となり、ナナミの胸元へと一直線に迫る。
だが──
「……見える!」
ナナミは水を蹴り、海魔の真横へ“滑り込む”。
スピアーランスの柄に魔力を流し込み、刃が蒼白く輝く。
「──はあぁッ!!」
横薙ぎ。
弧を描く一閃が海魔の側腹を割り、勢いのまま叩きつける。
海魔は短く鳴き、痙攣し、やがて動かなくなった。
そして海晶核を吐き出した。
◆
「……はぁ……倒した……?」
(ええ。ナナミ、今の──見事だったわ)
「ほんと……? やった……!」
(魔力の扱いが明らかに上達しているわ。)
褒められたナナミは、荒くなった息を深呼吸で収めたのち、笑った。
「アストラルのおかげだよ。……帰ろっか」
(ええ、報酬を届ける場所が待っているもの)
◆
海を泳ぎ、アクア・ヘイヴンの街灯りが見えてくる。
海面に漂う青光の粒が、ナナミの帰還を祝うように揺れていた。
アクア・ヘイヴンへ上陸しギルドの扉を開くと、温かな潮風の匂いとざわめきが迎えてくれる。
「ただいま……! 依頼、完了しました!」
(ナナミ。今日も素晴らしい一日だったわね)
──続く。




